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永田町徒然草

─古文書蔵─

No.78 | No.79 | No.80 | No.81 | No.82 | No.83

9月1日(金)

No.83

魂の自由を思う

1文字アキ13時間の時差があるアメリカでも、今日から9月となりました。夏ももうほんのわずかとなりました。ここワシントンDCでは、昼は蝉がないていますが、夜になると秋の虫がかまびすしく鳴いています。

アーリントン墓地・ケネディの墓の永遠に燃える炎(本文とは無関係です)1文字アキ一昨日、アーリントン国立墓地にいってきました。リンカーン・メモリアルからポトマック川をわたるとすぐそこがアーリントン墓地でした。ここはワシントンDCではなく、ヴァージニア州だそうです。私は、VISITER CENTERから真っ直ぐにJ・Fケネディの墓を目指しました。案内の表示もなぜか J・F・Kの墓 と THE UNKNOWN SOLDIER の墓のものしかなく、また、人の列もそこに向かってできていますから、少しの苦労もなく私はケネディの墓に着きました。前にも1度はきていましたので、墓標と永遠の灯は見覚えがありましたが、ケネディの墓がたいへん大きなスペースの中にあることに気が付いたのは、今度がはじめてでした。

1文字アキ私にいつも大きな感動と勇気と希望を与えてくれたケネディ大統領を想い、私は、あらためて長い黙祷を捧げました。ケネディ大統領の墓の右には、ジャックリーン夫人の墓がありました。左には、同じく暗殺されたロバート・ケネディの墓がありました。ロバート・ケネディにも私は親しみをもっていましたので、感慨がありました。しかし、いまハッと気が付いたのですが、あの墓はロバート・ケネディのものではなく、つい最近飛行機事故でなくなった息子のJ・F・Kジュニアーのものだったかもしれません。ついそのことを忘れていたものですから、私は、ロバート・ケネディの墓とばかり思っていました。調べればすぐ判ることですが、それはいいでしょう。いずれにせよ、ケネディ大統領は悲劇の大統領でしたが、ケネディ家の人々にはいつも悲劇があったということです。しかし、それだけにケネディ大統領は、いつまでも私たちの心に生きているのでしょう。

儀丈兵セレモニー1文字アキ他の大統領の墓も必ずここにあるのでしょうが、いったいどこにあるのか、目立つ物もありませんでしたし、お参りをするつもりもありませんので、ここを去り THE UNKNOWN SOLDIER の墓に向かいました。無名戦士の墓ということになるのでしょうが、墓というより記念碑といったほうがいいものでした。儀丈兵もいてときどきセレモニーがあります。丁度、そのセレモニーを運良くみることができました。70〜80人くらいいた参拝者は、儀丈兵の指示に従って無名戦士にRespectしていました。私も彼らにならいRespectさせてもらいました。

無名戦士の墓(画像は本文とは関係ありません)1文字アキそれから、国立墓地を小1時間ほどとりとめもなく散策しました。明治神宮の何倍かある広さでしょう。ちょっとしたスポットの大きな木の木陰のベンチに横たわり、しばし、ここに埋葬されているアメリカの偉人たちに想いを廻らしました。日本で靖国問題を議論するとき、必ずといっていいほどこのアーリントン墓地のことが引き合いにだされます。そんなことを考えていた私に、一つの疑問がでてきました。誰がどのようにして、この国立墓地に埋葬することを決定するのかということです。まさか、希望者なら誰でもここに埋葬されるとは思いません。そうするとこれは形こそ変われ、一種の叙位叙勲的(じょいじょくん)な要素はないのだろうか。しかし、私のたどたどしい英語ではこのことの正確な説明を受けることは無理と思い、これは日本に帰ってから調べることにします。

1文字アキワシントンDCでいろいろなものを見ましたが、やはり私は、リンカーンとケネディという二人の大統領を改めて実感しました。この二人の大統領は、私たち日本人にとっても、非常に親近感をもたれている大統領ではないでしょうか。そして、二人とも黒人の地位向上のために戦い、そして凶弾に倒れました。リンカーンは奴隷制度をなくし、ケネディは黒人の公民権を確立しました。国内の一部にはこれに対して強い反対がありました。それと戦って、凶弾に倒れました。進歩のために戦うということは、こういうことをいうんだと思います。私が1962年最初にアメリカを訪ねたときから、アメリカに、人種問題─とりわけ黒人問題が大きな問題としてあることは、いつも感じていました。いまもあるのだと思います。しかし、今回の旅行で私が感じたことは、黒人の地位の著しい向上でした。こんなにファショナブルで自信に満ちて歩いている黒人の姿をみていると、30数年前に比べ、隔世の感があります。これも、命を懸けた多くの戦いの結果だと思うと、感無量です。

1文字アキこれにひきかえ、いまの日本の政治はいったい何なのだろうかと、改めて思います。一つの狂信的宗教団体に屈して、魂の自由を失うことをなんとも思わない風潮。私は、どうしてもそういう生き方はしたくありません。私にとっていちばん大切なのは、心の自由、魂の自由です。これと引換えに権力や地位を得たとしても、そんなものはいったい何だというのでしょうか。魂の自由を失った人間に、本当の勇気を期待することはできません。本当の勇気がない人間に、進歩のための戦いを期待することもできません。どうしてこんな単純なことが分からないのだろうか、と不思議でなりません。日本人の悪い癖で、一部がこれに従いだすと、みながこれになだれをうってついてゆくという傾向がありますが、いまそういう状況になり始めているのではないでしょうか。少なくとも国会の中は。

1文字アキそうだとしたならば、あえてその中からはじき出され、あえてダラダラと血を流しながら、祖国の苦痛を自らの苦痛としなければならないのだと、私は思っています。「我が祖国に自由を」と切望すること一入(ひとしお)です。

14:301文字アキワシントンD.C.にて

白川勝彦

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8月29日(火)

No.82

ワシントンDCは、美しい街

リンカーン・モニュメント外観(画像は本文とは関係ありません)1文字アキワシントンDCの滞在は、今日で足掛け3日目になります。昨日と今日、あちこちを思い切り探索しました。昨日も今日も、我が万歩計は2万歩をこえています。私たち観光客がみるところは、リンカーン・モニュメントと国会議事堂を結ぶ約2キロの周辺に集中しているのですが、どこを見ても美しいの一語に尽きます。ニューヨークは、Midtownを除けば建物も街並みも、決して美しいという感じはありませんが、そこがニューヨークらしくて魅力的です。方や、ワシントンDCは、建物も公園的な街並みも美しい街です。1日中散策していても飽きません。昨日も今日も、曇りがちだったせいでしょうか、ぜんぜん暑くなく、かえって秋の気配すら感じます。リンカーンモニュメント/リンカーン像(本文とは関係ありません)この辺は、これまでも大使館の人に何度も案内してもらいましたが、自分で地図を持って、片言の英語を使いながら歩いてみると、これまでとはぜんぜん違ったところにきたような気がします。これが本来の旅行というものなんでしょうね。

1文字アキ昨晩は、東京にいたとき親しく付き合っていて、いまはワシントンDCに駐在の記者さん数人と、食事をしました。アメリカにきて、久々に政治談議を楽しくしました。共和党・民主党の党大会もそれぞれ終わり、大統領選もいまはちょっと静かなようです。しかし、9月から11月までの2ヶ月ちょっとの間、最後の本格的な選挙戦が行われるそうです。何といっても4年に一度の政治的な大イヴェントです。両党とも、それなりに盛りあがった予備選挙の結果、ブッシュ・ゴア両大統領候補が決まったわけですが、大統領選は、率直にいって今一つ盛りあがりに欠けているそうです。その最大の理由は、二人ともいわゆる二世政治家であるからだ、とのこと。アメリカン・ドリームをぜんぜん感じさせない候補だから、ということだそうです。私もそう思います。アメリカの魅力は、なんといってもアメリカン・ドリームですから。

1文字アキこんなことですから、話題はどうしても、過去の大統領選になってしまいました。そして、やはり私を含めて、印象の深いのは、ケネディ・ニクソンの大統領選になってしまいます。やはり、この大統領選は近年では一番すごい選挙だったという結論になりました。タマがすごかったのだと思います。なにしろ、二人とも最後は大統領になっているんですから。興味深い話を聞きました。1960年の大統領選挙に敗れたニクソンに、ある高名な政治家がアドヴァイスをしたそうです。「君は、半年間はこれからの人生の結論を出すな」と。ニクソンは、このアドヴァイスを忠実に守り、世界旅行にでかけたそうです。ブッシュに予備選で敗れたブラッドリー上院議員は、今、この言葉を重くかみしめていると語っているそうです。わが身におきかえて、感ずるもの深いものがありました。

1文字アキ私が最初にアメリカを訪れた1962年の大統領は、ケネディでした。私が滞在したロスアンジェルスは、ニクソンの出身地でした。ですから、大統領選挙がとうに終わっているのに、大人たちがケネディだ、いやニクソンだといいあっていたのを憶えております。もちろん、私は口は出しませんでしたが、ケネディびいきでした。そして、その翌年、ケネディは暗殺されました。あのときの衝撃は、いまも鮮烈に残っております。ケネディが暗殺されたダラスにもいきました。私たちの年代の人間には、ケネディはやはり一番印象の深いアメリカ大統領なのです。「私は諸君に問いたい。国家が諸君に何をしてくれるかではなく、諸君が国家に対して何ができるかを?」 いい言葉だと思います。単純なことなんですが、なかなかこうはなりません。明日は、アーリントン墓地にいってケネディの墓をお参りするつもりです。

21:451文字アキワシントンD.C.にて

白川勝彦

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8月27日(日

No.81

ちょっと、おもしろい痛快なお話

Wasington D.C. (イメージ:本文とは無関係です)1文字アキいま、ワシントンにいます。いつも飛行機でニューヨーク・ワシントン間を往復しておりましたが、列車でも3時間でいけるということでしたので、今回は列車にしました。やはり、飛行機から見るのとは違い、アメリカのとてつもない広さを実感できました。これからもできる限り、歩きそして陸路で移動したいと思っています。ところで、車中で読んだ新聞に、郷津秀樹さんの面白い記事がありましたので紹介します。まったくの下戸で、かなりのヘビースモーカーの私には、我意を得たりという気がして痛快でした。

1文字アキ(前略)ニューヨークはちょっとしたワインブーム。郊外に住む高額所得者の家の地下にはワインセラーがあるのが当たり前だそうで、彼らはビンテージのワインをケース単位で買い込んではコレクションに励んでいるし、レストランでも当然ワインを飲むだろ、という雰囲気で、客にまずワインリストを出してきます。

1文字アキ長い不況に喘ぐ日本でも『ポリフェノールは体にいい』以来のワインブームがすっかり定着して、店舗数200という酒の安売りチェーン『大門』の株式を投資会社が公開買い付けするくらいだから、ワインの消費量はまだまだ伸びるのだろうと思います。

1文字アキところが、新聞によるとワインの本場フランスでは年間一人当たりの消費量がこの20年間で105リットルから60リットルに減少しているそうです。毎日ワインを飲む人も47%から24%に半減して、逆にまったく飲まない人が24%から37%に増えている。(中略)なんとなく、フランスでは食事の時にはワインはなくてはならないもので、フランス人は子どもの時からワインを飲んでいて、飲めない人なんかいない、みたいなイメージを抱いていましたが、3人にひとりはまったく飲まないなんて意外ですね。

1文字アキもしかしたらこれは、タバコ産業を攻撃し、禁煙キャンペーンを推進している世界第2位の葉タバコ生産国アメリカが、国内では、タバコは体に悪いから吸うなと言いながら、日本をはじめアジア各国にはせっせとタバコを輸出してシェアを伸ばしているように、フランスでは、体に毒なアルコールの自国での消費量を抑えて、代わりに日本人やアメリカ人にアル中になってもらおうという戦略なのではないか、との疑いを禁じ得ません。

1文字アキ乗せられちゃいけない。酒が体にいいなんて嘘。無駄遣いさせられた上に、肝臓やられて胆のうが腫れ上がる、なんてことにならないうちに止めよう。これからは、お茶いただきます。

1文字アキもうだいぶ慣れましたが、とにかくこちらの禁煙は徹底しています。屋内では、まず吸えないと思っていれば腹が立ちません。いまの勢いでは、日本も早晩こうなるのではないかと思っています。かなり税金をはらっているのですから、タバコを吸う者の人権などと大それたことをいうつもりはさらさらありませんが、気持ちを少しは考えてもらいたいという気をもっているんですが…

1文字アキ酒はかなり害もあるし、他人にも迷惑をかけると思うんですが、世界的にこちらの方には寛容な気がします。こっちはぜんぜん酒を飲まないで、相当に酔っ払った人とお付き合いするって、けっこう骨が折れることです。これも自由を守る仕事のためには仕方ないと思ってやっていますけど、本当は「何とかしてほしい」とおもっています。しかし、以前は「俺の酒が飲めないのか」と強引に飲まされていたことを思えば、だいぶ様子が変わってきましたから、我慢しなければならないことなんでしょう。

1文字アキいずれにせよ、郷津さんの記事は私にとっては痛快でした。私は、いつも宴席ではお茶を飲んでいます。最近では、お茶というとウーロン茶しか出してくれない店が多くなりましたが、本当は、おいしくいれていただいた番茶がいちばん胃にもやさしく、料理の味を損なうことがなくていいんですが……

23:501文字アキワシントンD.C.にて

白川勝彦

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8月25日(金)

No.80

ニューヨーク、雑感三題

自由の女神像(本文とは関係ありません)1文字アキいま、ニューヨークにいます。アメリカにはこれまで10数回きたことがあり、ニューヨークにも5〜6回きた記憶があるのですが、ほとんど一泊か二泊したことしかありませんでしたから、ニューヨークといっても、ほとんど手触り感がありませんでした。ですから、いま地図を片手にできるかぎり歩きながらニューヨークを感じながら探索しています。これまで、領事館の人に行かないで下さいといわれていたハーレムにも、何度も行ってきました。ぜんぜん危険な感じはうけませんでした。とにかくジュリアーニ市長になってから、ニューヨークの治安はみるみる良くなってきたそうです。そのかわり、かなり強引な手法をとってきたことも事実で、若干批判がないわけではないようです。しかし、治安が悪いといわれていたニューヨークを経験した旅行者にとっては、歓迎できます。一人の政治家によって、これだけ現実が変わる様をみると、痛快です。

1文字アキ体験的な旅行が今回の目的ですから、あまり七面倒くさいことを書くつもりはありません。ニューヨークの街を歩きながら感じたことを、いくつか書きつづります。

1文字アキまず第一に感じたことは“みなさんあまり携帯電話を持っていない”ということです。東京の街角に立って道行く人を見渡せば、携帯電話で話をしている人をいたるところで見受けますが、それに比べたら、ほとんどそういう光景に遭遇しないといっても良いのではないでしょうか。全然ないというわけではありませんが、とにかく、格段の違いがあるということです。通信王国アメリカと思っていた私には、これは非常な驚きでした。モバイルホンについては、日本はアメリカより進んでいるということを小耳に挟んだことがありますが、これはどうも事実のようです。

1文字アキ二つ目。“ほとんどの街角にゴミ箱がちゃんと置かれている”ということです。私はヘビースモーカーでして、街角でも、よくタバコを吸います。しかし、日本ではほとんどゴミ箱がないため、吸殻を捨てるのに苦労します。いまスモーカーは日本でも肩身が狭いのですが、せめて、フィルターの付いた吸殻だけは絶対に捨てないように私はしています。しかし、東京などではほとんどゴミ箱が置いてないため、これってけっこうシンドイことなんです。あのオウムの事件以来特に、それがひどくなりました。私にいわせれば、まるでゴミ箱を敵視しているような感じさえします。ニューヨークでは、もっと爆破事件などの危険があったわけですが、ちゃんとゴミ箱が置いてあることは、立派だと思います。きれいな街を保つということに価値をおいているからだと思います。世界の主だった都市はだいたい、かなりマメにゴミ箱を置いてあるように思います。ニューヨークではいたるところが禁煙ですが、屋外ではもちろん、なんの問題もありません。そして、日本では苦労する吸殻の始末にぜんぜん苦労しないので、あまり禁煙の制限が苦になりません。おもしろいものですね。

1文字アキ三つ目。タクシーがなかなかつかまりません。昼間はともかく、夜などはタクシーをつかまえるのにけっこう苦労します。以前はこんなことはなく、すぐつかまったそうですが、この1〜2年ですっかり様子が違ってきたそうです。やはり、アメリカの好況のためだそうです。景気が良くなると、タクシーが混むようになる。どこでも同じなんですね。今は、銀座でもいつでもタクシーがつかまりますから、日本の景気回復は未だしということですか。それにしても、タクシーが非常にきれいになりました。以前見かけたようなオンボロなタクシーはまだ一回も乗ったことがありません。ちなみに、初乗り料金は2ドルです。また、みなさんが乗っている車も、みなきれいです。以前は、日本に比べるとそうとうにヒドい車が走っていたものですが…

1文字アキニューヨークのマンハッタンだけを探索していますが、ニューヨークは間違いなく、世界一の都市に蘇ろうとしています。道行く人々も、自信とゆとりをもって、堂々と歩いているように見うけられます。例年はたいへん暑いんだそうですが、今夏は異常気象といってもいいくらいで、たいへん涼しく、夜などは肌寒い感じすらあります。食事も少しも苦労しません。中華街でタイやベトナム料理を食べたり、コリアン街でビビンバやアワビのお粥をおいしくいただいております。ニューヨークにきて、洋食と日本料理はまだ一度も食べていません。

15:301文字アキニューヨークにて

白川勝彦

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8月22日(火)

No.79

いま、ラスベガスにいます

1文字アキロスアンジェルスに3泊したあと、一度はぜひ来たいと思っていたラスベガスに、今、います。ラスベガスというと、ギャンブルの街という印象をお持ちの方が多いと思います。もちろん、ラスベガスはカジノの街です。ほとんどのホテルが、一階はもうカジノ、カジノです。ただ圧倒的に多いのが、スロットマシーンです。おじいちゃんやおばあちゃんも、たんたんとマシーンに向かって遊んでいます。でも、あの姿は見ていてちょっと寂しい気して、私はあまり好きじゃないんです。日本のパチンコの方がにぎやかで、私は好きです。でも、ハウスにとっていちばん儲るのが、このスロットマシーンなんだそうです。カジノというとバカラ・ブラックジャック・ルーレットなどをイメージし、これで損をした人が多いと思います。みな、ハウスは儲かって儲かって濡れ手で泡の商売と思う人が多いと思いますが、人件費が非常にかかるだそうです。そういわれてみれば、バカラのテーブルなんか6〜7人が付いていて、20分交代ですから、確かに人件費のかかることはわかります。

1文字アキ私もギャンブルは嫌いではありませんが、こんどラスベガスにきたのは、それが目的ではありません。リゾートを少し勉強した私は、ラスベガスこそ世界屈指のコンベンション・シティだということを、なんどもなんども聞かされていたからです。また、この10年ちかくの間に作られ、爆発的人気を博したというテーマホテルというものを、ぜひ見たいと思っていたからです。ありました。ありました。ニューヨークをイメージしたホテル。エジプトをイメージしたホテル。パリをイメージしたホテル。「アラジン」ホテルがオープンしたばかりでした。そこにはTHE DESERT PASSAGEとありました。私にいわせれば、ラスベガスのホテル全部が The Desert Palaceだと思うのですが。最近できたなかで評判の BELLAGIOホテルは、イタリアをイメージしたホテルで、このホテルの噴水ショウは実に見事です。30分くらいの間隔でおこなわれる巨大な噴水の水のイリージョンショーとでもいったらよいのでしょうか、あまりこういうものには驚かない私も、思わず拍手をしてしまいました。これ以外にも、いろいろあります。それぞれみな、なかなかのものです。

1文字アキ視察をかねて、ラスベガスでも炎天下の散歩に毎日挑戦しています。暑いことは暑いのですが、湿気が少ないせいでしょうか、日本ほどつらくありません。肌がベトベトにならないのです。そして、ちょっと日蔭に入ると、汗がひいてくれるのです。それにしても、こちらの人も炎天下の散歩が好きなようです。どこにいっても、スニーカーを履いて歩いている家族ずれであふれています。アメリカはいま、バケーションの真っ只中。ラスベガスは大盛況です。夜は、それぞれのホテルでやっているショーを観ています。みな、何年も続いているロングヒットのショーだそうです。言葉がよく解らないので、本当の楽しさはわからないのですが、それでも観ていて十分楽しめます。

1文字アキところで、ホテルの支配人に面会してコンベンションについていろいろと聞いたのですが、やはりこういうシーズンは、コンベンションはほとんどとらないそうです。コンベンションはもともとシーズンオフ対策としてはじまり、やはりいまでも、コンベンションが多くもたれるのは10月とか2月などが中心だそうです。ラスベガスが世界屈指のコンベンション・シティである由縁は、なんといっても圧倒的なホテルの数だそうです。何万人のコンベンションでもOKなところが圧倒的な強みだそうです。それに、やはりもう一つの魅力はカジノだそうです。私もそう思います。カジノはおおいなる大人の遊び場なんです。日本ではカジノという博打場というイメージですが……

1文字アキ私のカジノ観。カジノで勝てる訳がない。また勝つ必要もない、仕事じゃないんですから。でも、大きく負ける訳にはゆかない、楽しい遊びが、楽しくなくなってしまいますから。自分にとって遊びの範囲として許容できる程度のお金を、確率論に従って賭けていれば楽しく、そして怪我なく遊べます。少々負けて当たり前、それは遊び賃。トントンなら遊んだだけ儲けたということ。もし、勝ったら、 VERY VERY HAPPY、大儲け!!! 遊びながら金が入ってきたんですから。こんな遊びは、他にはありません。バーでも、キャバレーでも、レストランでもショーでも、冗談にも金をくれるところなんてないでしょう。これは、マージャンだってパチンコだって同じことだと思いますよ、ご同輩!

10:301文字アキラスベガスにて

白川勝彦

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8月20日(日)

No.78

いま、アメリカにいます

1文字アキ今年の4月、アメリカの民間のある調査研究会社から、この8月に日本の政治について講演してほしいと頼まれていました。ああいう結果になりましたから辞退したのですが、そんなことに関係なくきてほしいとのことでしたので、8月16日成田を発って、いまアメリカにいます。この会社が催す、夏期セミナーの一つのセッションでの講演です。私のテーマは、今回の総選挙を中心としたものになりましたが、60人くらいの聴講者は、かなり細かいことまで興味を持っていて、いろいろな質問を受けました。講演の内容は、これまで私のサイトで発表していたものを中心にしたので、あまり準備に時間は必要ありませんでした。

1文字アキせっかくアメリカにきたのですから、この機会にちょっとアメリカを旅行しようと思っています。この前アメリカにきたのは、1995(平成7)年1月私の後援会の皆さんとロスアンジェルスとサンフランシスコを旅したときでした。このツアーは全部で250人という大旅行でした。このツアーのフェアウェルパーティを、100万ドルのサンフランシスコの夜景を豪華船で見ながら行っているとき、日本では阪神淡路大震災が起きていました。当時、衆議院の商工常任委員長を務めておりましたので、大至急日本に帰り、災害対策に追われました。ですから、5年ぶりのアメリカ旅行ということになります。この前きたときは、まだ、いまのようにアメリカの経済が絶好調だったという記憶がありませんから、好況のアメリカを現地で実際に観るのは、これがはじめてです。そういう意味では、今回の旅行は私にとっては興味津々のものがあります。

1文字アキ日本も約7〜8年深刻な不況に悩まされておりますが、アメリカも10年以上にわたって深刻な不況に悩まされてきました。私が国会議員になってはじめてアメリカを訪れたのは1980(昭和55)年の1月、カーター政権の末期でした。もう、この時は相当深刻な不況であり、ニューヨークやワシントンの道路を車で走っていると大きな穴が道路のあちこちにあり、これに車がはまり、車の天井にぶつかりそうになったのを、いまでも鮮烈に憶えています。それから4〜5回アメリカを訪問する機会がありましたが、不況に悩まされ自信をなくしたアメリカをみて、私は内心寂しい思いをしていました。

1文字アキご存知の方も多いと思いますが、私がアメリカを最初に訪れたのは1962(昭和37)年夏でした。私の高校2年生のときでした。このころのアメリカは、文字どおり世界のダントツのチャンピョンでした。当時の日本とアメリカでは、何を比べて問題になりませんでした。ケネディ大統領のもとでアメリカが政治的にも経済的にも、そして文化的にも、いちばん自信を持っているときでした。こうしたアメリカをみた私にとって、国会議員になってから(1979=昭和54年)みるアメリカやアメリカ人は、どうしても本当のアメリカのように思えませんでした。アメリカは、そしてアメリカ人は底抜けに明るく、万事にわたって自信を持っていてこそ、アメリカでありアメリカ人であるというのが、私のアメリカ観です。今度の旅行では、こうしたアメリカをみることができるのではないかと期待しています。そして、どうしてあのどん底から今日の好景気を掴んだのか、いろんな分野で観ていきたいと思っています。

1文字アキところで、この旅行中もインターネットを使えるようにアクセスの準備をしてきたのですが、残念ながら、どうしても私のPCがインターネットに接続できないのです。Webマスターとも電話で連絡を取りながら、いろいろと努力をしているのですが、いまのところまだ接続できません。さらに努力はしてみますが、接続できるまで、ちょっと更新やBBSへの書き込みが少なくなるかも知れません。ご容赦のほどお願いします。その代わり、現地でのおもしろい情報を、いっぱい取っておきます。それにしても、わずか半年ちょっとにしかなりませんが、Webサイトを使っての活動は、いまや私の生活の完全な一部となったことを、このことでつくづく感じました。私のサイトをご覧になって下さる多くの方々、そして、BBSに書き込みをいただいてこのサイトを盛り上げて下さっている方々に、心から感謝申し上げます。

1文字アキお盆を中心とした夏の休暇も終わり、会社では完全に仕事モードに入ったことと思います。お仕事、頑張って下さい。子供さんたちの夏休みもあと10日となりました。夏もあと僅かです。それぞれの夏を、思い切り楽しみましょう。そして、いい思い出を残して秋を迎えたいものです。

白川勝彦

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