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1文字アキ昨年の暮れ、「カルトとしての創価学会=池田大作」などの著者古川利明氏と会った際、BBSへの投稿原稿を下さいといっていたところ、元旦にさっそくメールがきました。非常に示唆に富む小論なのでBBSではなくこちらに掲載させていただきます。ぜひお読みください。なお、小見出しは私が付けたものです。

2001年1月2日透明スペーサー
白川 勝彦透明スペーサー


今こそ草の根リベラル・レジスタンス勢力の総結集を  フリージャーナリスト・古川利明

1文字アキ西暦という暦の上では、2001年を迎え、21世紀と呼ばれる時代に突入しました。カレンダー的に言えば、2000年の12月31日から2001年の1月1日に変わっただけのことですが、何はともあれ、一つの時代の区切りを迎えるということは、人間の気持ちの中に、生命の予感とでもいうのか、新たな胎動というものを微かに感じ取れるような気がします。

私が「創価学会三部作」を出版した理由

1文字アキ私は世間的にはまったく無名の一ジャーリストにすぎません。大学を卒業したのが、バブルが次第に膨らみはじめていった1988年の3月で、その後、毎日新聞と東京新聞での記者生活を経て、現在はフリーの立場でモノを書いたり、発言をしています。

古川氏著書 システムとしての創価学会 カバーフォト Amazon.co.jpへリンク1文字アキ特に一昨年(1999年)の秋から昨年(2000年)の秋にかけては、「公明党=創価学会」の問題を集中的に取材し、第三書館という出版社から『システムとしての創価学会=公明党』『シンジケートとしての創価学会=公明党』『カルトとしての創価学会=池田大作』(いずれも1500円+税)を上梓しました。

1文字アキで、たまたま先日、某月刊誌(『テーミス』という雑誌ですが)の記者から取材を受け、現在の自・公体制を踏まえて、池田後継問題や今後の「公明党=創価学会」の政治動向など、かなり突っ込んだ質問をされたのですが、その中で、その記者が「古川さんはどうして公明党=創価学会を取材しようと思われたのですか。わずかこの一年の間に3冊もの本を書き下ろすパワーはいったいどこから出てきたのですか?」という質問をされました。

古川氏著書 シンジケートとしての創価学会 カバーフォト Amazon.co.jpへリンク1文字アキしかし、この質問を受けたとき、私ははたと答えに詰まってしまったのです。
1文字アキもともと私は“大新聞”で社会部系の記者として活動してきた人間ですが、実は「公明党=創価学会」にさほど、というか、まったく興味がなくて、私の「公明党=創価学会」のイメージも、「よく巷では政教一致といわれているが、もう少し公明党は主体を持って頑張っているんだろう」というくらいでした。当時は、このことにさほど問題意識を持つこともなく、公明党も創価学会も、「反戦平和」を熱心に追求する組織だと、素朴に信じ込んでいたのです。

カルトとしての創価学会=池田大作 (1500円+税)1文字アキですが、こうしたことがまったくの“幻想”にすぎないことがわかったのが、1999年以降、「公明党=創価学会」を本格的に取材してからのことです。もともとこのテーマも自分から積極的に取り組もうと思ったことではまったくなくて、たまたま私のフリーとしての処女作ともいえる『新聞記者卒業 ─ オレがブンヤを二度辞めたワケ』の原稿を版元に持ち込み、それが出版されたことで縁ができたため、「もしヒマだったら、学会問題を取り上げてみませんか」としつこく要請があったため、仕方なく取り組んものです。しかし、プロとして一度、仕事を引き受けた限りは、中途半端なものには絶対にしない、徹底的にやって、これまでにない学会を扱った作品を世に問うといった、一人の表現者としての多少の気負いはありました。

1文字アキそして、当時の時代状況が、あの「自・自・公」路線が確立される流れの中で、新ガイドライン関連法に始まり、盗聴法(通信傍受法)、国民総背番号制(改正住民基本台帳法)、国旗・国歌法といった“戦争法案”が、それも「反戦平和」をうるさいくらいに唱えていた「公明党=創価学会」の寝返りによって、アッという間に成立してしまったことに対し、一有権者として、「これはいったいどういうことなんだろうか」という根源的な疑問が、私の胸の中にふつふつと沸き上がってきました。そういうときにたまたま「公明党=創価学会」をテーマにする仕事のオファーが舞い込んだために、プロとして粛々と取材、執筆をしただけのことで、例えばこれがもし「『野中広務の同和利権』というテーマで本を書かないか」という要請があったら、そっちの仕事をしていただろうと思います。自分にとっては、ただそれだけのことなのです。

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愛憎が交錯する「学会関係者」の池田批判

1文字アキこのことを私はていねいにそのテーミスの記者にお話をしたのですが、その記者はちょっとびっくりしたような表情をしていました。というのは、私という人間にもう少し創価学会に対する個人的な関わりなどがあって、そういった反感とか、嫌悪みたいなものがモチメーベーションになって、こういう仕事に取り組んものと思っていたのかもしれません。

1文字アキそうした視点から見ていきますと、「ジャーナリスト」という社会的存在から切っていく「創価学会・公明党=池田大作」と、「一個人」として見るそれとは、少しズレがあります。もちろん、一ジャーナリストとしては、このひどい自・公・保を何とかしなければならないという気持ちがありますので、そういった立場から公明党=創価学会を論じる時は、相当、手厳しい内容の発言になりますが、一個人に戻ったときは、もう少し別の感慨があります。

1文字アキこのことは現役・元の学会関係者を取材していても強く感じたことですが、いろいろと話をしていくと、時にはビールを飲みながら、ということもあります。
1文字アキそうした中で出てくる話は、また、ちょっと色合いの違うものだったりするのです。

1文字アキ例えば、学会を脱会し、批判した人(もちろん私のようなジャーナリストも含めて)には、執拗なイヤガラセがなされます。そして、時には裁判沙汰を起こされることもあるのですが、そうした人たちが酔った勢いで出てくるディスクールというのは、実は意外にも池田大作さんに対する思いなのです。ある人は「確かに池田さんももう、権力の魔性に捕らわれて、蘇生するのは無理だと思う。それは99%は無理だ。でも、1%の可能性がどこかにあるんじゃないか。あのチンギス・ハーンも、独裁者に成り下がろうとしながらも、優秀な部下の意見を聴く耳があったので、歴史に名を残すことができた。でも、できればチンギス・ハーンになってほしい」ということを言うのです。

1文字アキこれを聞いた時、私はびっくりしました。なんて言うのか、演歌の「別れても好きな人」の一フレーズを思い起こしてしまいました。確かにいまでこそ池田大作も権力亡者になっていますが、しかし、その出発の時点では、政治家としての、また、宗教者としての「志」はどこかにあったと思うのです。卑近な例で例えますと、日本に“政治亡命”したペルーのフジモリ前大統領も、「カンビオ90」(カンピオ90の簡略な説明へ)を結成して政界に打って出たときはいい目をしていました。池田さんも創価学会第三代会長に就任したいまから40年前は、颯爽として、非常にいい面構えをしています。

1文字アキ私が話を伺った件の関係者も、そういった時代の池田さんの残像がどこかに残っているのだと思います。でもって、そうした記憶が強烈なだけに、いまの池田大作に対してどこか愛憎入り交じった思いがこみ上げてくるのかもしれません。

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陰湿な手口のイヤガラセ ─ カルトの本質を象徴

1文字アキしかし、それはそれ、これはこれです。

1文字アキ私自身は、どちらかといえば、「公明党・創価学会=池田大作」という存在に対して、あまり深い思い入れはありません。ですから、別に自分としては、「創価学会三部作」という形で、それなりに力を込めた作品を世に問うことができ、また、これまでとは違って視点から「公明党=創価学会」の問題をクローズアップさせることができたこと自体はそれなりに満足していましたので、「さて、年が明けたらどういう新しいテーマに取り組もうか」ということをぼんやりと考えていました。

1文字アキ確かに「公明党=創価学会」の問題は、いまの日本の政治状況を語る際に、避けては通れないテーマですし、その重要性は今後もますます高まってくると思います。しかし、その一方で、現在の日本をさまざまな問題を山積しています。

1文字アキまずは、不良債権と巨額の財政赤字に象徴される日本経済の崩壊。そして、次々と噴出する警察の不祥事。また、森“サメ脳”喜朗首相が漏らした「神の国発言」に象徴される右傾化の流れと天皇制の問題、さらには沖縄問題やアイヌ、医療過誤と、テーマはいくらでもありますし、その他にもJ-POPと呼ばれる最近の日本のミュージックシーンにも強い関心を抱いていますので、できれば、そういった方面での作品も将来的には書いて行きたいという思いを持っています。はっきりいっていつまでも「公明党=創価学会」に関わっているほど、私はヒマではないのです。

1文字アキところが、この学会三部作を出す前と、また、出してから以降、学会関係者からと思われるちょこちょことしたイヤガラセを受けています。敢えてその詳細はここでは書きませんが、非常に陰湿な手口です。カルトの特質として、批判者を黙らせるために、さまざまな手口で脅しをかけるのは、あのオウム真理教で既に実証されていますので、そのへんの雰囲気は、フランス下院からカルトと認定されている「創価学会=公明党」に対して、一般の国民も薄々と感じているのだと思います。何というのか、公明党・創価学会に漂う鬱陶しさ、胡散臭さというものを有権者が敏感に感じているがゆえに、拒否率が高い政党として、公明党が常にトップクラスに位置しているのでしょう。

1文字アキそうやって私に対してちょこちょことイヤガラセを行ってきているのは、実は彼らは私にもっと学会をテーマにした本や記事をもっともっと書きまくってもらいたいのではないかと、ウラを勘繰りたくもなるのです。つまり、私のジャーナリストとしての情報収集力を過小評価しているのでしょう。要するに、私という人間を完全にナメ切り、挑発しているとしか思えないのです。「まだ、オレたちには書かれて困るネタなど、いくらでもある。どうせ、お前の取材力では書けないだろう」と。

1文字アキまあ、私の個人的な事情など、どうでもいいことですが、こうしたところに、カルトが「宗教の仮面を被った全体主義」であるという本質が、如実に現れていると思います。

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「自民党リベラル派」の自壊━ファシズムの台頭

1文字アキ昨年(2000年)の日本の政治は、さまざまな動きはありました。4月の小渕恵三前首相の病気辞任に伴い、野中・亀井ら“五人組”の密室での談合によって、どさくさにまぎれてサメを総理大臣に担ぎだして、解散・総選挙に打って出ました。その間、自由党が連立を離脱し、その一部は保守党として、小判ザメのように自・公にくっつきましたが、その枠組みは6月の総選挙でも崩れることがありませんでした。

1文字アキしかし、相次ぐ政権スキャンダルで森内閣の支持率は急降下し、そうした間隙を突く形で11月には自民党宏池会の加藤紘一が「森政権打倒」を掲げて、決起したものの、自・公というアンシャンレジームの前にあえなく自壊してしまいました。この1年の日本の政治を振り返る中で、最も大きな意味を持っているのは、実は「加藤政局の鎮圧」だったと私は思います。

1文字アキここでは戦後の自民党政治の功罪を総括するだけのスペースがありませんので、そのことを詳しく論じることはできませんが、戦後の自民党は、大きく三つの潮流があったと思います。

1文字アキ一つは岸信介、中曾根康弘、江藤隆美らに象徴される「国権派」(わかりやすく言い換えると“極右”といったところでしょうか。この流れの延長線上に石原慎太郎がいますが)、田中角栄、金丸信、竹下登、野中広務といった「田中派右向き矢印竹下派」をメインストリームとする「利権派」、そして、石橋湛山、三木赳夫、(かつての)加藤紘一の流れをくむ「リベラル派」です。そして、自民党という政党は、この三派が派閥抗争というタマ取り合戦を通じて、かなりダイナミックに政策を展開してきたのではないかと思います。

1文字アキしかし、これは「経済成長」という右上がりのベクトルが保証されていた点が非常に大きいと思います。経済という「下部構造」における部分での安定があって、確かに不完全ではありましたが、政治のリベラリズムというものが実現されてきたのではないでしょうか。 バブル崩壊を機に、日本の経済は山を転げ落ちるように失速し、97年に山一証券が自主廃業に追い込まれたあたりから、「第二の敗戦」ということが言われるようになりました。そういった状況の中で、自民党が一党だけで単独過半数を維持できる力がなくなり、94年からは自・社・さ、そして、98年の参院選での惨敗を機に、自・自・公(自・公・保)へと大きくカジを取ることになりました。

1文字アキただ同じ連立でも、自・社・さと自・自・公(自・公・保)ではその奥にあるものは、まったく異なります。一言で言えば、自・自・公(自・公・保)の本質にあるものはファシズム(全体主義)なのです。実は、拙著の創価学会三部作でいちばん言いたかったのは、このことだったのです。

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「自・公全体主義政権」が日本を食い物にする!

1文字アキ自・自・公路線が顕在化していく1999年に、藤原弘達、内藤国夫という、学会批判の知識人としては“大御所”とされる二人が鬼籍に入りましたが、そのちょうど20年前の1979年の『現代』の7月号に、二人の対談が次のように出ています。

藤原 丸山さん(※丸山真男・東大教授)のファシズム分析をごらんになればわかりますが、おみこしと天皇があって、官僚というメカニズムの下にアウトローや青年将校がいて体制内で反逆するわけだ。これを体制内に吸収して、おみこしだけは同じにしていくという形で日本のファシズムは完成されていく。その下請け機関が創価学会。その図式にぴったりとあてはまるような形でしか、創価学会が出てこないんだ。そして「そのとおりです」と北条(浩・第四代創価学会会長)も秋谷(栄之助・現第五代創価学会会長)もいっておってだよ、相手におだてられれば、参議院も地方選挙も票に変わりはない。票を取ればそれが権力となり、ソーシャル・パワーとなる。少なくとも権力に肉迫する。社会の目が変わり、権力者がおだててくる、ああ、いい気持ちになる(中略)。
内藤 かりに、の話、藤原さんが自民党総裁だったら、公明党を利用しようとしますか。
藤原 それをしてはいけない、ということをいうために、『創価学会を斬る』を書いた。いくら口が腐っても盗泉の水は飲むな! そのときに、看板だけのリベラリズムもだめになってしまうであろう、それが日本におけるファシズムの形態である。

1文字アキここで藤原弘達氏が指摘しているように、自民党という政党の中にある右翼ファシズム的な要素と、公明党・創価学会の中にある狂信的要素、この両者の間に奇妙な癒着関係ができ、保守独裁を安定化させるプロセスの中で、日本型全体主義が完成していくのですが、その証拠が自・自・公路線で通過した一連の戦争法案ですし、その後の憲法調査会を踏み台にした憲法九条改正論議なのだと思います。そして、昨年秋の加藤政局鎮圧の意味とは、自民党の中にあった「最後のリベラリズム」というものが、ついに死滅してしまったということだと思います。

1文字アキ昨年6月の総選挙では、とりあえずは自・公・保で過半数を確保したため、形の上では自・公連立が信任されたということになっていますが、昨年末の2001年度当初予算の内容を見てもわかる通り、このいまの日本の閉塞状況が打開するとは到底、思えません。このままでは“自・公全体主義政権”が日本を食い物にし、ますますどうしようもないところにこの国を追い込んでいくだけでしょう。

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日本史的な時代の転換期

1文字アキ最近、いろんな人と話しながらつくづく思うのですが、いまという時代はもしかしたら、日本史の流れでみても、大きな時代の転換期にさしかかっているような気がしてなりません。短いタームから順に言えば、戦後50年、明治維新から130年、中世という時代が幕を閉じ、江戸幕府封建体制が確立されてから400年。さらにもっと言えば、朝鮮半島から切り離された「倭」が「日本」と名を変えて、天皇制というものを構築してから1300年あまり。月並みに表現になってしまって申し訳ありませんが、この新世紀の始まりは、日本にとって非常に大きな変革の第一歩になっているような気がしてなりません。

1文字アキ確かに昨年の総選挙では、自・公という枠組みは崩れませんでしたが、しかし、その後、森政権のスキャンダル噴出と軌を一にするように、田中康夫長野県知事の誕生、川田悦子さんの衆院補選当選、さらには既成政党の支持を受けない元今市市長が、あの保守的な栃木県で県知事に当選していったように、自・公(=アンシャン・レジーム(旧体制))に対する不満は、マグマのようにどんどんと溜まっていっていると思います。だからこそ、加藤政局に国民は期待をし、その挫折に失望したのではないでしょうか。

1文字アキはっきり言わせてもらえれば、自・公連立政権は“江戸幕府末期状態”そのものだと思います。森喜朗という政権のシャッポは人材が枯渇しているということの象徴ですが、江戸幕府があれだけ開明的といわれた徳川慶喜を将軍職に就けたところで、崩壊をくい止められなかったのと同様、一つの体制、組織が劣化し、腐食している状況では、それを建て直すというのは不可能です。

1文字アキむしろ、坂本竜馬や中岡慎太郎のように、脱藩して幕藩体制の桎梏から逃れ出ることでフリーハンドを確保し、外側から改革を挑む人物を世の中が必要としていたように、時代の変革期には、彼らのようなドン・キホーテ的な人間が次々と表舞台に登場してくるのだと思います。

1文字アキこのままでは日本は、あのタイタニック号のごとく、深い海の底に沈んでしまうことでしょう。しかし、政権中枢にいる連中はこのごに及んでまったく危機感というものはありません。その証拠が、先の総選挙前の「有権者は、投票に行かずに家で寝ていてくれればいい」という森発言でしょう。要するに、彼らは私たち国民・有権者を心底からナメ切っているのです。

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形成しつつある「自・公包囲網」

1文字アキたまたま12月31日付けの日経新聞に民主党内で、羽田&横路といった守旧派(だいたい元経世会の羽田と、社会党のプリンスと言われた人物が仲良く手を握り合うという光景が、私にとっては新鮮な驚きなのですが)と、当選三回以下の若手議員との亀裂が深刻化し、関係修復が不可能なところにさしかかっていることを報じている一方で、あの小沢一郎・自由党党首が反自・公で参院過半数割れに追い込むために、憲法9条の改正論議をとりあえず凍結するなど、そういう国民の政治意識を敏感に反応してか、ようやくではありましたが、「自・公包囲網」ができつつあるように思います。代々木(日本共産党)も最近では相当、柔軟な態度に変わってきています。

1文字アキヨーロッパでの第二次大戦の歴史を見てもわかるように、ナチスに対抗するためにフランスで人民戦線内閣が成立したり、その後のレジスタンスでは、ド・ゴールは共産党と手を組んで、ファシズム(全体主義)政権の打倒に追い込みました。

1文字アキいま、加藤政局が鎮圧され、自民党に残された最後のリベラリズムが消滅したことで、“徳川幕府”の体制内改革の可能性は、ついにゼロになったといえます。そういう状況であるがこそ、今年夏の参院選に向けて、そういった良質なリベラリズムを継承し、政治の場に反映させるムーブメントが必要になってきたと思います。

1文字アキ「有権者は投票に行かないで、寝ていてくれればいい」─ サメにここまでナメ切られて、日本国民は何とも思わないのですしょうか。体制内リベラリズムは死滅したいま、日本の政治は大きな岐路にさしかかっています。

1文字アキこういう状況であるがゆえに、有権者はいまこそ“惰眠”から目を覚ます一方で、そういった思いをキャッチする受け皿となり、アンシャン・レジーム(=自・公)をたたきつぶす、「草の根のリベラル・レジスタンス」を立ち上げる時期に来ているのではないでしょうか。

(了)

 

カンピオ90
1文字アキ1989年6月、フジモリ元大統領が当時、政治家になることを公言すると同時に、若者を中心メンバーとして農科大学の教員、職員、学生などに支援を呼びかけて誕生した政治団体。    [戻る]

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