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 ご紹介をいただきました俵でございます。本日は、「政教分離を貫く白川勝彦氏を激励する会」という催しを企てましたところ、皆様方、新年早々お忙しいなか、また何分にもこの雪国のこの時期でありますから、お足元の悪いなか、かようにたくさんお集まりをいただきまして、主催者として、はなはだ有難く思っております。
 ご存じのように、今年は総選挙の年でありますし、そのなかで自自公連立の小渕内閣というものができて、政治について、わかりにくいことがいっぱい起きているわけであります。
 本日お集まりいただきました皆様方のなかに、いろいろな宗教団体に属して、それぞれのお立場において、それぞれの信心を大事にしていらっしゃる方がいっぱいいらっしゃると思います。これは人間にとってはもちろん、政治にとっても非常に大事なことであります。それが抜けますと、神をおそれない私利私欲に走る歪んだ政治になってしまう。

政治と宗教‥近代的な政治における流れ

 政治にとって宗教というものは非常に大事なものなのでありますが、ただ一つ具合の悪いことがあります。当たり前の話でありますが、どんな宗教でも自分の信じる宗教が一番正しい。一番正しい、などというものではない。それしか正しいものはない。それ以外は全部間違いだと思うから、そこに信心というものが生まれるわけであります。
 ところが日本は、八百万(やおよろず)の神というくらいですから、神様だけでも八〇〇万あるわけでありまして、仏教だって平安時代に八宗(はっしゅう)といわれました。あるいは奈良時代にもうすでに六つの宗派があった。その後鎌倉仏教ができます。
 あるいはそこに、明治以降新しい仏教系教団ができる。キリスト教もあれば、イスラム教も、ヒンズー教も、いろいろな宗教が世界中にあって、それが日本にも入ってくる。全部が当たり前のこととして、自分が正しい、自分だけが正しいと考えている。他は間違っているという話になってくる。なってくると今度は、そこに争いがどうしても起きてしまうわけであります。
 いま、世界中で、アメリカとソビエトの対立がなくなったと思ったらいろいろな地域紛争というものが起きて、おかしなことになっているのですが、それはだいたい宗教の争いなのです。今日もパキスタンで大きな爆発があった。これはイスラム教のパキスタンのカラチで、どうもヒンズーのインドが糸を引いたらしいとパキスタンは言うし、インドはそんなことはないと言う。インドで今度何かがあれば、イスラムがやったと言うでしょう。宗教というものと政治というものの絡みには、非常に難しいものがあります。
 政治は、利害の調整手段です。年金を掛けている人と貰っている人、掛けている人は掛金が少ない方がいいに決まっているし、貰う方は貰う金が大きい方がいいに決まっている。米をつくっている人は生産者米価が高い方がいいに決まっていますし、食っている人は安い方がいいに決まっています。
 政治というものは、やはりいろいろな方々のいろいろなご要望を伺いながら、この辺が折り合いどころかなという話なのです。しかし宗教はそうはいかないのです。キリスト教のいいところも、イスラム教のいいところも、仏教のいいところも、神道のいいところも全部入れて、折り合いをつけるというようなことなどありえない。
 例えば私は、浄土真宗の本願寺の門徒でありますが、ここでは地獄もなければ極楽もないという話でありますから、そこはひとつ親鸞さんでいこうではないか。イスラムになれば奥さんを四人持っていいのだから、俺はその面についてはイスラムでいこうではないか。キリスト教では、入信したら、洗礼を受けたその日までにやった悪いことは、全部そこで帳消しになるのだから、死ぬ間際にはキリスト教に入って、全部悪いことはそこで帳消しにしてもらって天国へ行こうではないかなどという、そんなつまみ食いみたいなことは宗教では許されない。
 政治では、しかしそうしなければみんなが納得できないのです。ですから近代的な政治においては、宗教との間に一線を画しましょう、政治に宗教をあまり持ち込んでもらっては困ります、宗教心は大事ですが、信心は大事ですが、宗教の立場を持ち込んでは困りますという考え方が、いまから二〇〇年、あるいは二二〇〜二三〇年前に、アメリカの憲法(一七七六年)、あるいはフランス革命(一七八九年)で成立しました。
 ご存じのように、アメリカという国は、イギリスで迫害をされた、キリスト教の新教の一派のピューリタンというのがイギリスにいたたまれなくなって、イギリスから一度フランスに逃げて、フランスから新大陸に行って新しい国をつくった。だから政治に宗教があまり引きずられるとえらいことになるというのが、骨身にしみてわかっている。
 フランスには三部会というのがありました。これはカトリックのお坊さんと、貴族と、市民というのだけれども要するに金持ちと、それが議会をつくる。そのなかで、お坊さんが政治を全部壟断(ろうだん・ひとりじめ)する。そこにカソリックとカルバン派を中心とした新教との対立みたいなものが入ってきて、大虐殺などということが起こる。やはり政治に特定の宗教が絡まってきては具合が悪いというのが、フランス革命の一つの大きな流れであったわけであります。
 ですからアメリカの憲法が一七七六年にできる。フランス革命が一七八九年に行われる。そのころから近代民主主義の国家においては、政治と宗教の間には一線を引こうというのが、一つの常識になっていったわけであります。

日本国憲法の原則

 日本の明治二三年にできた明治憲法にも、そこのところは理念としてはあるのですが、実際問題としてはちょっとあやふやなところがありまして、戦争中、神がかりみたいなこともありました。戦争に負けたときに、実際問題としてはマッカーサー司令部が原稿を書いて日本の議会に押し付けて、日本の議会がのんだのですが、そのいまの憲法に政教分離ということははっきり謳われたわけであります。
 憲法二〇条。特にその憲法二〇条第一項後段、「いかなる政治団体も、国から特権を受け、または政治上の権力を行使してはならない」。どんな宗教団体でも、国から特別に優遇されるようなことがあってはならない。あるいはどんな宗教団体でも、政治上の権力を持って、政治を自分のものとして、ひん曲げて使ってはならない。その宗教だけが得して、それ以外の宗教はひどい目にあいますから、こういうことはあってはならない。これが憲法に盛り込まれた。マッカーサー草案の一九条。それを日本語に翻訳したいまの日本国憲法の二〇条。これは英文ではまったく同じです。
 世界には政教分離ではない国があります。例えばホメイニさんが革命を起こして以来のイランという国はそうです。サダム・フセインという男がふんぞり返っている、いまのイラクという国もそうであります。それはそれぞれの国の国民が決めることですから、それぞれの国の歴史と宗教文化を背景として決めることですから、とやかくは言えません。
 しかし、日本は一つの近代的な民主主義の国として、それからもう一つはやはり戦争の経験を通じて、政治と宗教の間にはっきり一線を引くということを、戦後昭和二二年(一九四七)五月三日に施行されたいまの日本国憲法においてきめた。ずっとそれ以来五三年間、守ってきたわけであります。

公明党は創価学会の自家用政党

 誰がどう考えても、公明党というのは、創価学会の自家用政党です。白川さんも弁護士だが、公明党の神崎さんも弁護士、浜四津さんも弁護士、冬柴さんも弁護士です。しかしあの人たちは、憲法は国のやるべきことを決めているのであって、国民や国民がつくっている宗教団体のことを決めているのではないのだから、そんなものは関係ないのだという。本当でしょうか。
 憲法には納税の義務というものがあります。納税の義務というのは国民に関係ないのだから、俺は税金を納めなくてもいいんだと、そんなことが通りますか。
 憲法には義務教育というものがあります。あの義務教育というのは、どういうことかというと、親が子供を働かせてはいけない、少なくとも中学三年を終わるまでは、子供を学校に行かせなければいけませんという、それが義務教育です。最近、義務教育の本旨がわからなくなって、国は子供を教育する義務があるとか、いや先生は子供にいい教育をする義務があるとか、と言う人がいますがそうではない。義務教育というのは、親が子供を働かせないで学校に行かさなければならない義務、という意味であります。国とは関係がない。親に与えられた、親に課せられた義務であります。
 憲法はなにも国のことだけ書いているわけではないでしょう。義務教育を考えてみても、税金を考えてみても、憲法は国民の義務というものをきちんと決めている。同じように、宗教団体の義務として国から特権を受けてはならない。あるいは政治上の権力を行使してはならない。こう書いてあるのです。
 では公明党は、一体どうだったのか。創価学会はどうだったのかというと、平成一〇年八月の朝日新聞の切抜きを持ってまいりました。「秘話・竹入義勝、五五年体制のはざまで」。竹入さんという人は公明党の委員長を二〇何年やった人です。いまは創価学会からボロクソに言われています。二〇何年委員長をやった竹入さんが、天下の朝日新聞に何と書いたか。ちょっと読んでみます。
 「創価学会批判の本が出るというので、私(竹入さん)が、田中角栄さんに頼んで仲介に動いてもらった。言論出版妨害問題は、創価学会・公明党にとって田中さんらに対し大きな負目になった」
 藤原弘達さんや内藤國夫君、去年相次いで亡くなりました。我々の盟友でありました。わが四月会の藤原先生は顧問であり、内藤君は私と同じ常任幹事でありました。いま、四月会と申しましたが、これは創価学会を批判し、政治と宗教の関係を正そうとする、立正佼成会平和研究所、霊友会IIC、あるいは佛所護念会教団、新生仏教教団、眞言宗金毘羅尊流、神道政治連盟の日本の代表的な宗教団体といわゆる文化人がつくっている団体で、私はいまその代表幹事ということをやっております。
 内藤さんと藤原さんの本を、闇から闇に、何とかして街に出ないようにして全部燃やしてしまおうというので、創価学会に頼まれ、竹入さんに頼まれ、両者一体となって頼まれて田中角栄さんが動いた。いろいろなことがこの竹入さんの回顧録には出てきます。竹入さんは、最後にこういうことを書いています。
 「公明党の委員長を引き受けるとき、人事権は創価学会にあると明確にされていた。選挙にしても、人事にしても、党内はみんな創価学会を向いている。創価学会とは違う考え方を持っている私の同調者になったら干されてしまう。公明党は財政、組織の上で、創価学会に従属していた。公明新聞や雑誌『公明』も、創価学会の意向が大きなウエートを占め、部数は学会の意向で決められてしまう。党員数も、前年数値を参考に調整して決めていた。
 政治家になって、創価学会との調整に八割以上のエネルギーを取られた。公明党、創価学会の関係は、環状線で互いに結ばれているのではなく、一方的に発射される放射関係でしかなかったように思う」
 命令・服従の関係、指令・従属の関係であります。これは、政治上の権力を宗教団体が行使したことになるのではないでしょうか。あるいは竹入さんはこう言っています。これが朝日新聞の一二回の連載の最後です。
 「政治がなんらかの利益団体のために、利益を擁護したり、代弁したりする時代は終わりつつある。一つの団体や勢力が政党を支配したり、政党が奉仕したりする関係は、国民が目覚めてきて、あらゆる面で清算される時代になっている」
 ちょっと抽象的な言い方ですが、政治が創価学会という一つの利益団体のために、利益を擁護したり代弁したりする時代は終わりつつある。公明党が創価学会によって支配されたり、あるいは公明党が創価学会に奉仕したりする関係は、国民が目覚めてきてあらゆる面で清算される時代になっている。公明党の委員長を二〇何年やった竹入さんがそう言うのです。これほどの証言はあるでしょうか。
 そうしたら、彼らはどうしました。ここに「竹入義勝の謀略と欺瞞」という記事のコピーがあります。これは我々の機関誌に載ったのではありません。『聖教新聞』、『公明新聞』に載った記事です。いろいろなことが書いてあります。
 「良心に恥じないのか。自慢話や事実の歪曲。本人自身に金をめぐる噂。恩を仇で返す人間失格。学歴詐称。子供は裏口入学させた。政治家として外国へ行くたびにボストンバッグに宝石をいっぱい買ってきて、自分の家に出入りしていた宝石商に細工をさせて、売って銭をもうけた。金返せ。勲章返せ」
 ならば、そんな男をなんで二〇何年も委員長にしたのですか。竹入さんの学歴がインチキだなというのは、私どもずっと前から知っていました。彼は航空士官学校卒、政治大学校卒、と議員要覧などに書いていました。政治大学校というのは、藤山愛一郎さんが自分のポケットマネーで、自民党本部のなかで開いていた秘書養成学校のことであります。それが政治大学校。
 航空士官学校というのは、立派なきちんとした陸軍の学校でありますから、そこを出たか出なかったかということは同期生に聞けばすぐわかることです。いくら戦争中の水増しであったとはいえ、「違うね、この人は。航空士官学校で、兵隊さんとして、士官学校の生徒が練習に使う飛行機の整備とか、滑走路の整備とかをやっていたのだ」ということは、私どもはそのころから知っていました。
 かつて竹入さんの学歴は不透明だと書いたら、公明党や創価学会は口汚く藤原さんや内藤さんを批判しました。学歴詐称なんてとんでもない。内藤や藤原や俵は東大を出ているのか。あれも嘘ではないか、などということを言われた。まだ竹入さんが、池田大作さんや創価学会に信用されていたころは、竹入さんの学歴詐称が嘘だという我々を「嘘つき」と言ってきたのです。ところが竹入さんがちょっと自分たちに気に入らないことを言ったら、「検証、竹入疑惑」とくる。
 「金銭問題まみれで何が叙勲か。学歴疑惑も浮上」。浮上もへちまもない。我々、二〇年も三〇年も前からおかしいよと言っている。でもそのときはかばってきた。自分にとって気に入らなくなったら、今度は生まれたときから手が長い、みたいな話になってしまう。こういうのを独裁というのではありませんか。嘘というのではありませんか。

政治と宗教には一線が引かれなくてはならない

 同じようなことが、実は日本共産党にもあります。日本共産党に野坂参三という人がいました。戦争中、反戦運動を中国共産党と一緒に延安でやったというので、有名な人であります。
 この人は何重スパイだったかわからない。中国共産党のスパイだった。ソ連共産党の、コミンテルンのスパイだった。あるいは、どうやら進駐軍のスパイだったのかもしれない。いや身内には、戦前の話ですが、検察の大御所がいてその甥っ子でありますから、日本の公安当局のスパイだったという話もある。
 「野坂はスパイではないか」とずっと言われていました。私どもは、彼はおかしいと言ってきた。我々と一緒にそういうことを言った共産党員は、共産党を除名になった。野坂をスパイと言ったがゆえに除名になった人はいっぱいいます。
 その野坂さんは日本共産党中央委員会議長、名誉議長として共産党に君臨した。一九八九年にベルリンの壁が壊れて、九一年にソビエト国家体制が崩壊して、ソビエトの秘密警察カーゲーベー(KGB)の秘密文書が流出したら、野坂さんがスパイをやっていた金の領収書とかなんとか、ぞろぞろ出てきてしまった。出てきてしまったら、野坂はけしからんと言って、一〇〇歳を越えていた野坂さんを共産党はポイと除名して、野坂さんは汚名のうちに死にました。
 しかし野坂はスパイだと言った人間は、依然として除名されたままです。私だって共産党からさんざん罵られて、そのままです。野坂さんをかついで、野坂さんを支えた宮本顕治という人は、いまだに共産党でいばっています。
 つまり独裁というのは、そこがいけないのです。創価学会だって竹入さんが池田大作さんの言うことを聞いて、池田さんの言うなりに公明党委員長をやっているころは、学歴で嘘をついてもかばってもらえた。学歴疑惑は戦争中の話です。竹入さんが公明党の委員長をやったのは昭和四〇年代から二〇何年の話です。ずっと後の話です。そのときにもう詐称はあるのです。でも当時はかばったのに、敵対したら生まれたときから泥棒だったみたいな言い方をする。野坂参三だってそうです。
 なぜそんなにおかしな人を、あるときはかばい、あるときはやっつけるのか。独裁だからです。自由がないからです。嘘を嘘と平気で言いくるめるからです。そういうのが日本の政治権力を握ったらどうなると思いますか。
 私は共産党もこわいと思います。平気でこういうことをやるのですから。創価学会・公明党も似たようなものではありませんか。私は、竹入さんが朝日新聞の回顧録で言ったことは、決して間違いではないと思っています。そのとおりだと思います。
 竹入さんは公明党の委員長になりたくてなったわけではない。「お前やれ」と言われたからなったのです。「お前辞めろ」と言われたから辞めたのです。いまの神崎さんだって、浜四津さんだって、きっとそうだと思います。
 政党というのはそんなものでしょうか。小渕さんだって、竹下が「やれ」と言うからやったのかもしれないけれども、でも自民党のなかで加藤紘一さんも出て、山崎拓さんも出て、選挙をやって勝ってなったのです。片一方はそうではないのです。選挙なんかやらないのです。どこかからの天の声で決まってしまうのです。天の声で決まって、誰かが気に入らなくなったら、ポイと変えられてしまうのです。
 小沢一郎さんと組んで新進党をつくった市川雄一さんなんて、いまだに議会にいますけれども、息をしているのかなんだか、もうものも言わない。これで自自公が潰れたら、神崎さんや浜四津さんはどうなるかわかりはしない。そのときの風でクルクル変わる。そんなものを政党として、政治の担い手として信用することができるでしょうか。平気でその場限りの嘘をつくような人たちを。
 彼らにとっては、「信心のためには、嘘も方便とお釈迦様は言ったではないか」という理屈になるのです。「革命のためには、何をやってもいいのだ」こういう理屈になる。
 彼らはそれでいいかもしれないが、我々はそれでいいのでしょうか。やはり私は、政治と宗教には一線が引かれなければならないと思う。宗教というのには、絶対者というものがある。政治というのは、先ほども言いましたように相対的なものです。売る人と買う人。納める人ともらう人。相対的な政治の世界に、絶対的な宗教が持ち込まれると、非常にまずいことになる可能性がある。ですから一七七六年のアメリカ建国のときに、一七八九年のフランス革命のときに、人類が経験をしたその教訓として、政教分離というものができた。それは私どもは守らなければならないと思っているのであります。

(つづく)

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