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「諸君!」2000年4月号
白川勝彦・俵孝太郎対談記事
「小渕連立政権の『いやな感じ』」

文芸春秋社発行
月刊オピニオン誌
「諸君!」

4月号表紙(下)と
誌面(右)

月刊オピニオン誌「諸君!」4月号誌面
月刊オピニオン誌「諸君!」4月号表紙

前編

増長する不逞の輩にモノ申す

何者かが徒党を組んで我らに面会を強要。恥を知らぬ理念なき連立政権の腐臭、ここに極まる

白川勝彦 衆議院議員
俵孝太郎 政治評論家

俵 先日はお互い、面白い体験をしたものですな。

白川 そうですね。しかしあれは立派な事件ですよ。

俵 ええ。警察が介入し、きちんと被害申立をしているのに、一向に報道される気配はありませんがね。まずはわれわれがどのような体験をしたのか、かいつまんで説明すると、二月五日に兵庫県尼崎市で政談演説会がありまして、私と白川さんがともに講師として演壇に立ちました。この選挙区(兵庫八区)では有力候補の公明党の冬柴鐵三幹事長と、共産党候補者、そして元兵庫県議で前回自民党公認で出馬し惜敗した室井邦彦という人が争うことになっているのですが、私たちはその室井氏の新年の集いに招かれたんです。
 そこで私は自自公連立政権を真正面から批判する講演をし、白川さんは、平成八年の前回の総選挙時に自民党総務局長として室井氏と共に戦った経緯などを含め、室井氏への激励演説をされた。
 講演自体は滞りなく終わり、室井氏の後援者とわれわれ二人で会場の隣のホテルの一室で食事を取っていたら、「俵と白川に面会させろ、と二〇代の男が押しかけてきている」と連絡が入りました。しかも「面会するまで動かない」と我々のいる階の唯一の出入り口であるエレベーターホールで座り込みをはじめた。彼が何者なのかはわかりません。私のファンなのか(笑)、あるいは共産党系の人か、冬柴さん系の人かはわかりませんが、ともかく座り込んで動かない。

白川 一時間ぐらいはそのままでしたね。

俵 で、ホテル側がともかく彼を説得して退去させた。すると今度は一階のフロント周辺に、こちらも二〇代後半とおぼしき男がたむろしているんです。ホテルの正面玄関には、車が二台、まるで入口を封鎖する格好で止まっている。フロント前の男にホテル側が事情を聞くと「人を待っている」と言って、いつまでも動かない。「余り長くなりますと……」とお引き取りを願うと、いったんは出ていくが、携帯電話で連絡を取り合い、別の男が現れる。車による入口の封鎖は続いたままです。

白川 その繰り返しでした。どうやらかなりの人数でローテーションを組んでいたようですね。

俵 要するに組織的にわれわれをホテルに缶詰にしたわけで、これがまた一時間ほど続いた。
 やむを得ず私の名前で一一〇番通報しましたが、警察は来てみてビックリ。何しろ、元国家公安委員長・白川勝彦さんが缶詰になっているんだから(笑)。で、最終的には所轄の尼崎中央署から私服・制服合わせて十人ほどの警官がホテルに来て、これは明らかに強要罪がが成立するし、違法駐車でもあり、しかも相当悪質である、ということになった。
 白川さんはその日、夜行の寝台に乗って選挙区の新潟に帰る予定だったので、とにかくホテルを出て駅に行かなければならない。私は私でこのホテルに宿泊する予定だったが、とてもじゃないがこんな所には泊まっていられないので、大阪市内の別のホテルに急遽宿泊の予約を入れた。結局、警察の指示に従って、覆面パトカーの警護付きタクシーで裏口から脱出した。これがまあ、事件の顛末ということになりますか。表から出た室井氏の後援会幹部の車は一時間ほど三台の車に付け回れたそうです。ホテルの前だけでなく、周辺にもかなりの数の車と人間が待機していた、ということですね。

白川 私たちだけじゃなかったんですね。

俵 今のところ犯人はわかりません。ただ、停車していた車のナンバーは控えてあるはずだし、兵庫県警にも報告して、捜査しているという話です。保利耕輔国家公安委員長の、警察庁から出向している秘書官にも事態を話し、ともかく事情を調べて大臣にも報告しておいてほしい、と要請しました。
 それから、私はともかく、元国家公安委員長が缶詰になる、ということは一国の治安にとって由々しき問題ですから、もしこういうことが放置されるならばわれわれだって黙ってはいない。白川さんは弁護士でもあるし、他にも弁護士の仲間は沢山いる。国連にルートがあるのは、何も某宗教団体だけではない。我々の仲間の宗教団体にもある。国連人権委員会やアムネスティ・インターナショナルに「日本で小渕内閣以降野蛮な政治的言論の圧迫が行われている」と報告して国際問題化することも可能だ。このことも伝えておきました。
 誰が、どういう集団がやったかはわからない。けれど、この行為は政治的な言論に対する集団的な弾圧、威圧に相当するのではないか。私は自自公連立を批判し、白川さんもさまざまな問題提起をされている。その私たちの言論をあからさまに妨害しようとする意図で何者かが行動したことは、間違いないのではないか。そして、このような事態がもしも罷り通るならば、今の日本はまさにヒトラー支持のヒトラー・ユーゲントやSS(親衛隊)、ゲシュタポ(秘密警察)が横行する“ファシズム前夜”を迎えてしまっているのではないか──。そんな出来事だったのです。

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オーストリア右翼との類似点

白川 私の方の後日談をお話ししておきますと、「白川は大阪府知事選で自民党が推薦した太田房江氏を応援せずに、自民党大阪府連が推薦した平岡龍人候補を応援したのではないか」という話が幹事長室や役員室で広まったようです。確かにこの日──室井さんの会の翌日が府知事選の投票日でした──大阪には立ち寄ったのですが、それは先ほどお話があったように、交通手段として大阪駅を乗り継ぎ場所として利用しただけ。室井さんの会でも大阪府知事選の件は触れていない。誰かがある意図を持って「兵庫の室井の会で、白川が平岡を応援した」といった話を流したとしか考えられないんですよ。

俵 私は室井氏の会でたしかに、大阪府知事選のことに触れました。「府知事選で、われわれの仲間の宗教団体は平岡氏を応援している」と述べました。でも、白川さんはまったく触れていない。そもそも立場があるからそんなことを言うはずもない。

白川 この件に限らず、いまの自自公連立内閣が成立してから奇妙な現象があちこちに散見されるようになりました。私ほどはっきりとではないにせよ、自自公連立に反対するような言辞を行う人に対する妙な誹謗・中傷が飛び交っている。選挙の際、党としては公認できない、といったことも聞かれはじめています。

俵 先日、オーストリアでは与党国民党と、ナチに同情的な発言で物議を醸した党首が率いる右翼政党の自民党が連立政権を発足させました。この政権がEUやアメリカから非難を浴びています。これは選挙の結果単独では政権を維持できない国民党が連立の相手として自由党をえらんだ、という適正な手続きを踏んだ政権であり、オーストリア国内の世論は連立政権を歓迎している。ある意味では内政問題としてはそれほど問題がない。しかし、対外的には大きな問題となっています。
 それに比べると、日本は対照的な状況です。国際的には、創価学会−公明党に対する認識のズレがあって、自自公連立政権についての批判的な論調はほとんど見受けられないが、国内的には批判が増えてきている。創価学会─公明党の体質と、連立の成り立ちに対する批判がその主たる要因で、いくら多数を維持するためでも、時には政治的に受け入れられない連立がある、と国民が意見表明しているわけです。特に自民党の支持者にとっては、平成八年の選挙の時には創価学会─公明党と激しく戦ったのに、いまは手を組んで選挙に臨むという。その欺瞞を見逃すほど国民は愚かではない。ですから、あらゆる世論調査で三分の二ほどが自自公連立政権に反対を唱えているわけです。
 この数字は創価学会─公明党だけの問題ではない。自自公連立内閣では、自民党執行部や総理官邸筋に一種独特なキャラクターがいて、一歩後ろから睨みを効かせている。この姿がある種、恐怖政治的な圧迫を伴ってきていることに、国民は敏感に反応しているのではないか。まさにオーストリアの国民党と自由党の連立に等しいような新しいファシズムの根っこに対する反発なのではないか。

白川 政権政党の一員として、国民の多数が今の内閣を好ましく思っていない、ということの意味も私は強く、重く受け止めなければならないと思っています。と同時に、なぜこのように自自公の支持率が落ち込んでしまったのかを分析する必要も強く感じています。
 まず一つは、先ほど言われたとおり、前回の選挙との矛盾です。平成八年の選挙で自由民主党は、新進党は創価学会党であるという大キャンペーンをして、俵さんが『諸君!』に書かれた論文の線で戦い、勝利を収めました。政教分離という点で新進党=創価学会党には問題がある、との主張を国民が真剣に受け止めて下さった。

俵 逆にいえば、平成七年の参議院選挙ではその訴え方が弱かったために苦戦したんです。平成十年の参議院選挙も同じく訴え方が足りずに苦戦した。平成八年には自民党が党のプリンシプル(原則)に立ってものを言った。だから勝ったんです。

白川 ところが今度は、その公明党とこともあろうに連立を組んでしまった。つまり、自分で自分の首を締める、自ら蒔いた種をいま自ら刈り取らざるを得ない、といった局面に立ち至ってしまったのです。支持率が落ちるのも当然といえば当然です。
 今われわれが思い出すべきは、自社さ連立政権の時に得た経験なのではないでしょうか。
 平成六年に自社さ連立政権を発足させるとき、私たちと社会党の代議士は半年もの間、さまざまな問題について徹底的に意見を交換し、討議しました。その結果、大原則としてわれわれは社会党に、「自由民主党の政策は決して社会的弱者を切り捨てるものではない」、つまりいわゆる“剥き出しの自由主義”の立場に立っていない、ということを理解していただこうとしました。

俵 レッセフェールの資本主義に立ってはいない、ということですね。

白川 ええ。逆に社会党はわれわれに「今の日本に社会主義政権を樹立させようとは毛頭思っていない」と意見を表明した。その点さえ確認すれば、あとは現実に起きる問題をその都度きちんと話し合えれば必ず解決できる。そこで、連立の絆について互いに自身を持つことができた。実は自社両党は、政権発足当初から、政治家レベルでは長年にわたる確執にケリをつけていたんです。
 もちろん、そのいきさつが国民にきっちりと情報開示されたかといえば、当初は充分ではなかった。ですから、最初のうちは徹底的に批判された。けれども、説明が浸透し、また自由民主党のいわゆる自由主義、リベラルという視点が重視された政策がとられ、また社会党のほうも自衛隊、日の丸、君が代を是認する、といった形で極めて現実的な政権運営がなされました。問題が全くなかったとは言い切れません。しかし結果として、政権発足半年後の世論調査では、連立の組み合わせとしては自社さが一位、二位が自民単独という支持を集めたんです。自社さ連立政権はこの時、圧倒的に国民に認知されたわけです。

俵 ところが今度はかなり連立形成の事情が違う。
 まず昨年初頭に自自連立内閣が発足した。自由党というのは、小沢さんが新進党を、旧公明党とソリが合わないがゆえに解党して作った党です。ですから「ああなるほど、自民党と自由党なら、ともに反公明だし、もといた布団に一緒に入るだけの話じゃないか」となったのでしょう。したがって国民の支持は安定し、小渕内閣の支持率は一時は過半数に達するまでになった。ところが今度は、その新進党分裂の要因となった、自由党ともソリが合わないはずの公明党がまた一緒になって自自公になった。これは誰がどう考えたって筋が通らない。口の中にザラザラと砂を押し込まれたような違和感を国民全体が感じてしまっている。それがここ半年の支持率の落ち込みに表れたのでしょう。

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理念の一致なき連立の欺瞞

白川 それから、自自公連立政権が実際に行った政策も大きく影響していると分析しています。たとえば議員定数是正にしても、自民党と自由党の間では比例区五十議席削減という方向で一致していた。

俵 “自自”は、比例一回五十削減するだけではなく、その次も五十、その次も五十、そして最終的にはゼロにしましょう、ということでしたね。ところがそこに“公”が入って、五十がいつの間にか二十になった。そして二十減らしたら、次の三十は小選挙区の方で減らしましょうとなった。要するに小選挙区で三百議席、比例代表で二百議席にする。

白川 ちょっと小さくするだけの話ですね。

俵 格好は全然変えないで、ただ五十議席ダウンサイジングしましょう、というのは話のすり替えでしかない。

白川 残念ながら仰る通りです。私はどんな連立もいろんな面で若干の違和感があるというのはやむを得ないと思っています。しかし、そのとき大切なのは、そこに「理念」の一致があるか否かだと思うんです。表面的には違うものが多々あっても、個々の政策よりももっと上位にある「理念」での一致があれば、連立に伴う違和感は徐々に解消されていくのです。自社さ連立時には、先に述べたように、徹底した話し合いの上での「理念」の一致があった。それが今回はない。
 定数是正問題でもそうです。自自にはあった「理念」の一致が、自自公では全く見えない。小選挙区制を選択した以上、どの党に有利、不利だということではなく、小選挙区制らしくある程度きちんとした政権選択、政権交代ができるようにしようじゃないか、という一致があれば、削減数に開きがあっても間を取ることは可能だし、その結果もある程度是認できる。
 しかしそこに“比例代表のほうが正しく、小選挙区だけで議席を決めるべきではない”と考える政党が入ってくれば、その「理念」が揺らぐのは当然です。確かに二十は削減されましたけど、選挙制度の改革という点では方向性が完全に失われてしまった。

俵 「理念」なき連立は野合でしかない、「理念」なき、という以上は「恥」を知らない輩が多すぎる。

白川 それから最近強く感じたのが、介護保険料の半年間徴収猶予。これについても批判が強く出ています。

俵 その問題も含めて、財政危機については、国民もしっかりわかっているんですよ。今の日本国は八十五兆円もの予算が組まれているが、税収は利子税などの臨時収入を入れても四十八兆円しかない。三十三兆円の国債を発行してなんとか賄っていく、という体制ですね。しかも何年たってもその三十兆が減る見通しが立たない。そんな中で今のような“景気対策という名の土建利権のばら蒔き”と“福祉という名の現金の掴み取り”がおおっぴらに行われている。この前者が実は経世会の本質であり、後者が創価学会−公明党が昔からやってきたお家芸なのですが、そこまで意識的にわかっていなくとも、このままだと日本はえらいことになるよ、という危機感が国民の間に浸透してきています。

白川 そういえば、もう一年近く前のことになりますが、地域振興券に対する反応もそうでした。あの時はまだ公明党は閣外でしたが、当初彼らは四兆円、そこまで行かなくとも二兆円くらい出してくれ、ということで始まっています。余りにも国民の評判が悪くて、最後には七千億円になった。その七千億円も国会対策費のような形で何とか党内の合意を見た。

俵 児童手当もおかしな動きになりましたね。財政当局と自民党内の批判によって、ある程度は圧縮されましたけれども、これも自自公の「理念」の不一致が明らかになった事例です。

白川 ええ。まず扶養手当については、昨年十二月の税調でその額が十万円引き上げられました。これは少子化・高齢化社会への対策、ということで特に若い人たちが中心となって、猛烈な要望を挙げて実現したんです。
 それが“公”が加わって今度はなくしてしまい、代わりに「第三子までの子どもについて、十六歳までは児童手当として手厚くお金を出す」ということになった。年を越したら完全に方向転換。これも若い人たちの幻滅感、怒りを惹起しています。

俵 子どもを持っている親にとって一番お金がかかるのは、十七、八から二十二、三。つまり受験勉強から大学生の時ですよ。その時の扶養手当をなくしてしまい、十六まではとにかくばら蒔く。こんなことをしたら、財政も国民生活もメチャクチャになってしまいます。
 ここでのポイントは二つですね。一つは、小渕さんも公明党も目先のことしか考えていない。今、例えば十五歳の子どもには二年はお金が行くけれど、十七からは扶養控除からははずされて、親にはドカーンと税金がかかってくる。これから生まれる子どもだって、もしこの制度が定着すれば、初めの十六年はいいけれど、あとは野となれ山となれ、我が亡きあとに洪水よ来たれ、といった考えでやっている。
 それと同時に、もう一つは時代変化や支持層の変化に公明党がついていけていない、ということ。
 なるほど、確かにかつての公明党の支持者、創価学会の会員たちは、高度経済成長の中で集団就職列車に乗って見ず知らずの大都会に来て、一生懸命に汗して底辺で働いてきた人たちが多かった。しかし、いまは彼らもみんな社会の中堅として、子どもは大学に行かせて、当然のことながらきちんと税金を払ってやっていると思うんです。創価学会−公明党の支持者の中身も変わっている。サラリーマンがどうしたって増え、税金は重い。そこに扶養控除をなくせということでは、かれらの支持者の中にも反対する人の方が多いはずです。専門学校も含めれば、国民の三分の二がポスト高校教育を受ける、といった世の中になってきているのに、こんな中途半端なところで扶養控除が打ち切られては困る。
 だけれども、彼らのヘッドクォーターにいる誰か一人は、あるいはそれを取り巻く人たちは、“扶養控除のあるなしは納税者の話で、われわれの支持者はどうせ税金を払うだけの収入はないのだから、控除なんかなくてもいい。それよりもとにかく現金をもらった方がいい”といった考えに囚われている。地域振興券と発想は限りなく似ている。もっと具体的に言えば、どうせわれわれの支持者は新制中学出たら働くんだ、だから扶養控除もヘチマもないし、大学には行かないんだから、中学出るまでの間カネを与えりゃ喜ぶんだと考える。これは、支持者をナメた、国民を馬鹿にした考えだと思うんですよ。

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自民党は“不自由非民主党”

白川 共通した「理念」を書いた連立内閣は本来、すぐにバラバラになってしまうはずです。しかし、今のところなんとか存続している。それはなぜか──大変残念ですが、政権内部がどうも恐怖政治的な雰囲気に支配されてしまっていることが大きく作用している、そんな気がしてならないのです。
 たとえば、ロッキード事件当時の党内は、経世会やいまの平成研なんて問題にならないほどの、百五十になりなんとする力を田中角栄氏が掌握していて、さらなる膨張政策を取っていました。でも、その頃の自由民主党はもっと自由闊達でした。

俵 田中批判がいくらでもありましたからね。

白川 ええ、いろんな人がいろんなことを言いました。しかし今はそれが全くない。みんな「これはおかしい」と陰では言いながら、結局は動きにならない。これはやっぱり発言すると何かが待っている、と怯えてしまっているんです。

俵 残念ながら自由民主党が「不自由非民主党」になってしまった。昨年の東京都知事選のとき、石原慎太郎氏の子息がオウム真理教の準幹部だというデマ文書を配った自民党東京都連の幹部が起訴されました。堕ちれば堕ちるもんです。

白川 ええ。それに脅かしの手法も卑劣です。票で脅すんです。
 自由民主党は他党のように、除名などの厳しい統制はとれない。あるいは除名されても、それぞれの人間はなんとかいいところまで戦える力を地元で付けています。ところが公明党や共産党は、党を除名になったり、党の公認がなければ、まず選挙にはならないでしょう。

俵 そもそもまず立候補しませんね。

白川 自由民主党はそんなことはない。だから除名などの処分を「脅し」として使うことはできない。そこで使うのが他の力、すなわち、創価学会票です。例えば何万票という学会票があるとして、「きみ、そんなことを言っているとこの票が丸ごと敵方に行くよ」と言う。それでみんな右往左往する。自由民主党、そして自由党もその脅しに翻弄されている。選挙はいつだ、いつだ、という喧噪の中で、党内がどんどんと澱んでいく。
 残念ながら私は、現在のわが党の幹部が向こう側と示し合わせて「あいつはけしからん。あなた方、こいつを落としてもいいですよ。どうぞご自由に」と隠れて話しているんじゃないか、と思わざるをえない。

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太田大阪府知事と学会票

俵 ただ、そういった形で創価学会票をぶら下げて統制を図る、ということは、実は全くの逆効果なんですね。
 例えば、大阪府知事選のケースを分析してみましょう。確かに平岡龍人氏は負け、太田房江氏が勝ちました。大阪はだいたい六百八十万ぐらいの有権者で投票率が四十四パーセント台ですから、有効投票は三百万。朝日新聞の出口調査によると、自民党支持者が二十四パーセントですから七十二万人が投票所に行った。
 ではその七十二万の自民党支持層の中で、太田氏に入れたのは一体どのくらいか。朝日の調査では全体の五十七パーセント、せいぜい四十万人に過ぎない。さらにいえば、実は去年の統一地方選挙の府会議員選挙で自民党は約百万票を獲得していたけれど、今回はその百万票のうちの六十万票が本来行くはずの太田氏に行かなかった。どこに行ったのか。それは平岡氏に二十万強、共産党推薦の鰺坂氏に十万強、そして残りの三十万ほどがどうやら棄権した、と算出できる。
 では、なぜこのように自民党支持層の投票行動が混乱したかといえば、単純明快、自自公が嫌だったからです。他にどういう説明がつくというのか。

白川 私は昨年の十二月一日からインターネットでWebサイト(ホームページ)を立ち上げて、その主たるテーマを「自自公連立を批判する」にしまして、意見を発表し続けています。そこには私に対するEメールや、サイトを見てくださる方がさまざまな意見を寄せて下さいますが、大阪府知事選後にはこんな意見が多かったですね。「大阪府知事選は公明党と共産党との戦いで、自民党、自由党、民主党はダシに使われただけである。結果、公明党が勝って喜んでるだけなのに、自民党の執行部などは自自公が信任されたんだ、勝利だと言って騒いでいる。これは空騒ぎである」と。

俵 では公明党支持層がどう動いたかといえば、朝日新聞では実に九十七パーセント、読売新聞の調査にいたって歯なんと九十九パーセントの人が一糸乱れず太田氏に投票しているわけです。共産党支持層の鰺坂氏への票の集中度も同じです。それぞれの支持者が見事な全体的統制のもとに投票行動をおこなった。

白川 大阪の自民党府連は、そういった投票行動についてある程度の予測ができていた。だからこそ、どうしても太田氏ではいやだ、という気持ちになったのでしょうね。
 ここで自由民主党、という政党の政治家がどう選挙に取り組んでいるか、組織作りを行っているかについてお話をしておくべきでしょうね。
 私は初当選こそ無所属で立候補していますが、その後二十年間自由民主党という政党に属し、保守系の政治家としてずっと歩んできました。その自分自身の体験からいいますと、われわれのような自由主義政党の政治家は、もちろん形だけ見ればかなり大きな後援会組織がありますが、その根っこは基本的には政治家対一個人です。個人個人と一対一で付き合い、ぶつかり、こつこつと信頼関係を築いていき、その一人がまた一人、一人と同憂の士として広がっていき、やがてそれが後援会へと発展する。簡単に号令一下できる組織ではない。私はよく、後援会などの組織を固めることは、浜の砂を水で湿らせて一つのダルマを作るようなものだ、という譬えを使うのです。せいぜい砂を湿らせてつくった組織だから、不心得者がいてポンと蹴れば、すぐ壊れてしまう。

俵 それに砂が乾いてしまうと……。

白川 これまた崩れる。しかしそれが自由主義政党の組織なんです。この考えを基本に据えて政治活動を行っている人間から見ますと、一気にボーンと二万票が動く、というような考えにはまず馴染めない。そして、もしそれが味方につけば頼もしく思うし、もし敵方についたら大変だ、と思ってしまう。そんな経験がそもそもないのですから、こう考えるのも無理はありません。そんな考えは錯覚でしかないのに、その気持ちに引きずられてしまう。選挙の票分析に関してはシビアな目を持っているはずの自民党の政治家がこぞって、こういった組織票を目の当たりにすると冷静に判断できない。自自公が成立した、ならば公明党が参議院選挙で取った七百七十五万票、これが小選挙区に割り振られて、割り当て分は全部自分のところに来る、などと勘違いしてしまう。さらには「自公についての問題発言をすると、来るはずの票が全部敵に行ってしまう」というネガティブな錯覚に囚われてしまう。
 実際、出前よろしく「あなたの選挙区は何万ですよ。電話一本でこの票があなたのものです」と取り引きを持ちかけられたことも昔ありました。でも、票ってのはそんな簡単なものじゃない。フレンド票が何票あるとか言いますが、そんなもの、投票行動を統制する何の保証にもならない数字です。

俵 錯覚は錯覚なんですよ。考えてみると、有権者が今、一億人を超えました。それと引き比べて、公明党の今までの最高得票数が、七百七十五万票です。逆にいえば、公明党に投票しない人というのは九千二百二十五万いるんです。共産党に投票している人も八百万人ぐらいいるからそれを差し引いたって、自由主義的な意思を重んじる人間はまだ八千五百万人近くいるんですよ。彼らは拒否政党とも呼ばれる公明党や共産党には票を入れずに、そのときの感じによって自民党に行ったり民主党に行ったり、棄権したりする。そちらの票を、自らの政治行動の正当性・意義を十二分にアピールすることでいただく、それが筋です。
 それからたとえば公明党の票をいくらかもらうと、今までいただいていた票が逃げる。たとえば立正佼成会や霊友会、仏所護念会だってみんな票を持っていて、彼らは、「あ、この人は自自公に熱心だな、創価学会と組んだな」とわかると絶対に票を入れなくなります。ですからこれは自民党の問題としては、そのあたりの利害得失の問題に還元できるはずです。しかし今の自民党の多くの人は、道に落ちてる金を拾うことばかりに夢中になっている。道に落ちている金を拾おうとしたらポケットから自分のお金がこぼれ落ちてしまうことを、あるいは手が後ろに回ってどこか暗いところに連れていかれるということまでは、考えが及ばないんですよ。

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*諸君編集部、俵孝太郎氏掲載承諾済

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