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    <title>永田町徒然草</title>
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      <title>永田町徒然草</title>
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 <title><![CDATA[使い方より取り方が問題なのだ!]]></title>
 <link>http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=611</link>
<description><![CDATA[<div style="text-align: right"><p class="no">No.802</p></div><p class="idt">ゴールデン・ウィークを境に永田町徒然草のテーマはガラッと変わった。確かに“熊汁”から“中国の戦略的弱点”などと話はあちこちに飛んでいる。しかし、<b>道路特定財源の暫定税率問題を忘れている訳ではない</b>ので安心願いたい。昨日の参議院のなんとか連合審査会で「道路整備費の財源等の特例に関する法律の一部を改正する法律案」が否決された。これを受けて、自公“合体”政権は5月13日にもまたこの法律案を再可決するという。</p><p class="idt">この法律案は、まず法律名を変えるという。「道路整備費の財源等の特例に関する法律の一部を改正する法律」を「道路整備事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律」に改める。だからマスコミなども今回の法律案をいろいろな名前で呼んでいる。名は体を表すというが、「道路整備費の財源等の特例」と「道路整備事業に係る国の財政上の特別措置」とはいったい何が異なるというのだろうか。専門的には理由ない訳ではないが、たいした問題ではない。要するにガソリン税や軽油引取税などの暫定税率(もちろん本則税率も含む)で国や都道府県に<b>入ってくる税金を道路整備に使うことを主たる内容とする法律</b>である。</p><p class="idt">この法律によってガソリン税や軽油引取税などの税金＝税収が<b>いわゆる「道路特定財源」</b>となる。この法律で道路特定財源にするという措置は「平成20年3月31日まで」とされていた。ガソリン税などのの暫定税率と同じようにその期間は過ぎたのである。それをまた復活しようというのだ。もしこの法律が成立しなければ<b>一体どうなるのか</b>。ガソリン税などの暫定税率(国民が暫定的に納める税金ではない。国民には永久に戻ってこない!）で国や都道府県に入ってくる税金は一般財源となるのである。一般財源であるから特に使途は限定されない。要するに何にでも使える財源＝税金になるのである。</p><p class="idt">福田首相は2009年から道路特定財源の全額を一般財源化するといった。こんど再可決しようという法律案には、1年限りと書かれていない。ところが4月30日に再可決で、ガソリン税などの暫定税率はあと10年間延長された。福田首相のいうことを担保するためには何らかの措置を講じなければ、ガソリン税などの税収は道路特定財源となる。<b>そこでいろいろなことをゴチャゴチャやるというのだ</b>。</p><p class="idt">まぁ、いいだろう。それにしても<b>たった1年しか意味をもたない法律案を再可決</b>によって成立させようというのだから<b>泥縄・ドタバタ</b>である。自公“合体”政権は“粛々と成立させる”といっているが、このような泥縄・ドタバタを粛々とした政権運営など決していうことはできない。道路特定財源の一般財源化が野党の目標だとすれば、福田首相は来年から一般財源化するといっているのだから、概ね目標を達成することになる。10－1＝9で、確かに90％の勝利だ。本当にそれでいいのか。<b>国民は決して納得しないであろう</b>。</p><p class="idt">今回問題になっている法律案について、私は今後あまり言及するつもりはない。それは以下に述べる理由からである。道路特定財源を一般財源にするというのは、税の使い方に関する議論である。<b>税の使い方に関する議論</b>よりもっと重要なことは、<b>税の取り方関する議論</b>なである。政治の基本は税金だといわれているが、それは使い方ではなく取り方なのである。新しい税を導入するとき、国民は納得できなければ激しく抵抗する。これは多くの国々の歴史が教えている。</p><p class="idt">道路を整備するということで暫定的に課せられているガソリン税などの高い税金に国民は反対しているのである。自公“合体”政権は国民が反対している暫定税率を今後さらに10年間も徴収することを決めた。野党が戦わなければならないのは、この点なのである。ガソリン税の本則税率まで国民は反対したか。道路の整備が必要なことなど道路族がさも重大事のようにいわなくとも、国民は分かっている。そのために<b>徴収される税金と道路整備のバランス・按配具合</b>を国民は問題にしているのだ。依然として“<b>暫定税率廃止一本槍</b>”が良いのである。</p><p class="idt">それでは、また。</p>]]></description>
 <category>2.国内政治</category>
<comments>http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=611</comments>
 <pubDate>Sat, 10 May 2008 10:18:59 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[中国の“戦略的弱点”(その2)]]></title>
 <link>http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=610</link>
<description><![CDATA[<div style="text-align: right"><p class="no">No.801 </p></div><p class="idt">中国の胡錦濤国家主席が訪日している。歴代の中国の国家主席で訪日したのは、<b>確か２人目だと思う</b>。国家主席として最初に訪日したのは、江沢民国家主席だった。私たちがいちばん知っていた国家主席は、何といっても毛沢東であった。国家主席ではなかったが毛沢東と同じくらい知っており馴染みのあった中国の政治家は周恩来だったのではないだろうか。周恩来は長く国務院総理(首相)を務めたが国家主席にはならなかった。</p><p class="idt">この二人の中国の政治家は訪日したことがなかった。日本と中国の関係はまだそれを許さなかった。もっとも周恩来は若い時に日本に留学したことがあるが、それは政治家になる以前の話である。私たちが知っている政治家で最初に訪日した中国の要人は<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%A6%E5%B0%8F%E5%B9%B3">鄧小平</a>であった。中国の最高実力者といわれたが、当時の役職は何であったかと問われても私は答えることができない。しかし、<b>鄧小平の訪日は極めて強烈な印象を国民に与えた</b>ことを記憶している。</p><p class="idt">次に印象に残っているのが、江沢民国家主席の訪日だった。江沢民は極めて強い口調で歴史認識の問題を強調したと記憶している。自民党の中には強いアレルギーを感じた人がいた。現在においても反中国の政治家が結構いる。<b>その源流はこの時に生まれたのではないか</b>。国家主席として次に訪日したのが胡錦濤国家主席である。胡錦濤氏は国家副主席の時にも訪日した。その時すでに次の国家主席といわれていた。そのとおり順当にその地位についた。中国共産党のエリート中のエリートなのであろう。</p><p class="idt">中国問題に詳しくない私がわざわざこのようなことを述べたのは、首脳外交について考えたかったからである。今回の胡錦濤主席の訪日は派手なパフォーマンスに彩られている。パンダも貸与してくれた。しかし、上記の二つの訪日に比べ、私には極めて印象が薄いのである。正直にいうと薄気味の悪ささえ感じるのである。私がもっとも強烈な印象を受けたのは、鄧小平の訪日であった。鄧小平は江沢民のような派手な演説はしなかったが、歴史認識を含めて日本国民に<b>日中関係のあるべき姿を強烈に印象付けた</b>。</p><p class="idt">鄧小平の肩書きは、単なる「中国の最高実力者」であったと思う。しかし国民は鄧小平が文革中に下放されていたことを知っていた。激動の中国革命を生き抜いた政治家であることをおおよそ知っていた。中国革命を体現する政治家だったのである。江沢民国家主席も<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%83%A1%E9%8C%A6%E6%BF%A4">胡錦濤</a>国家主席も中国の権力闘争を勝ち抜いた政治家であることは間違いないのであろう。だが、わが国の国民にとって“中国は革命の国家”なのである。江沢民国家主席の歴史認識の演説に、わが国の国民は中国革命の一端を感じさせられた。胡錦濤国家主席はポスト中国革命の世代なのだろうか。<b>中国革命の雰囲気を感じることはできない</b>。</p><p class="idt">だが胡錦濤国家主席は1942年12月21日生まれである。私よりも3歳も上なのである。1945年生まれの私でも日中戦争や太平洋戦争やGHQ占領を抜きに政治を語ることはできない。この間の中国の歴史は、わが国の比ではないと思う。まさに革命の連続であった。その革命に影響を受けない筈がない世代であることは間違いないと思う。目を見張る中国の経済発展も、私たちにとっては“中国革命”なのである。共産党に指導された経済発展は、私たちにとって“革命”以外の何ものでもない。私たちはその中国革命の実態を知りたいのである。<b>実態の分からないものは信用することができない</b>からである。</p><p class="idt">いちおう自由主義社会のわが国は、中国がどのような方向に向かっているのか知りたいのである。中国が自由主義社会を目指しているのか、それとも社会主義社会を目指しているのか、やはりハッキリと知りたいのである。これは内政干渉ではない。相手の国が理想として目指している方向が分からなければ、<b>付き合い方が決められない</b>。行く先々で問題となった聖火リレーをなぜシャカリキに行わなければならなかったのか、と多くの国民が疑問に思ったのではないか。</p><p class="idt">同じようなことが池田大作創価学会名誉会長との会見にもいえるのではないだろうか。わが国の多くの国民は、基本的に親中である。わが国の多くの国民は創価学会に好印象をもっていない。反創価学会感情をもっている人もかなりいる。それなのにこのような会見をこれ見よがしにやられると、率直にいって<b>中国に対しても良い感情をもてなくなる</b>。なぜこのようなマイナスの行動をわざわざするのだろうか。鄧小平が訪日したとき確か田中角栄元首相を目白の私邸に訪ねた。その時、鄧小平は「中国人は井戸を掘った古い友人の恩義を忘れない」といった。反田中陣営(私もその一人であった)の人もこれには参ってしまった。</p><p class="idt">創価学会は中国との国交回復に熱心だったのかもしれないが、<b>創価学会がその先頭に立っていたという記憶は多くの国民に特にない</b>のである。国交回復は当時まさに党派を超えた国民の声だったのである。先の温家宝首相の訪日のとき華々しく会見した。今回もまた同じように会見した。首脳外交は、その国の政治的メッセージを内外に発信する政治そのものなのである。戦略的互恵関係というが、中国は戦略的外交を行うセンスに欠けるようである。私はこうしたところに中国の“戦略的弱点”をみるのである。(<a href="http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=593">永田町徒然草No.785「中国の“戦略的弱点”!?」</a>参照)</p><p class="idt">中国が今後どのような方向を目指しているのか、私は詳しく知らない。しかし、自由な中国を目指しているとしたのならば、この“戦略的弱点”はかなり致命的弱点となろう。テクノクラートは育っているのかもしれないが、戦略的外交すなわち政治的外交を行う能力をもった人材が育っていない証左なのではないだろうか。もっともわが国の官僚のセンスの無さも同じであるが･･･。私は大学に入った時から理屈ぬきに国交回復すべきと考えてきた。街頭で署名活動をしたことも何度もあった。<b>真の日中友好のために、中国の“戦略的弱点”を惜しむ者</b>である。</p><p class="idt">それでは、また。</p>]]></description>
 <category>3.国際政治・外交</category>
<comments>http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=610</comments>
 <pubDate>Fri, 9 May 2008 05:14:11 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[永田町徒然草No.800号に寄せて]]></title>
 <link>http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=609</link>
<description><![CDATA[<div style="text-align: right"><p class="no">No.800</p></div><p class="idt">永田町徒然草は、今日でNo.800となった。<a href="http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=497">永田町徒然草No.700</a>「アメリカ社会のダイナミズム」は、2008年2月6日であった。この数ヶ月間のテーマは、ほとんど毎日「道路特定財源の暫定税率」であったのだが、なぜかこの日はアメリカの大統領選挙であった。偶然だが昨日もノースカロライナ州とインディアナ州で民主党の大統領予備選があった。結果はオバマ候補の1勝1敗であった。<b>まだまだ続くようである･････</b>。</p><p class="idt">NHKのニュースで民主党は予備選をそろそろお終いにしないと本選挙で共和党を利することになるという声を報じていた。しかし、アメリカという国はそんなことで戦いをいい加減にする国ではない。やるだけトコトンやるのが、ヤンキー魂である。この点は私たちも見習わなければならない。道路特定財源の暫定税率廃止の戦いを止めてはならない。国会で暫定税率を復活されてしまった。これは第1回戦の敗北でしかない。次の衆議院選挙で民主党を中心とする野党が1議席でも過半数を上回ればガソリン税などの暫定税率を廃止することはできるのである。<b><b>これが第2回戦であり、本戦である</b></b>。</p><p class="idt">　ガソリン税の暫定税率を廃止するとどうなるのかを国民は知った。それで困った人などほとんどいなかったと思う。だったらそうすれば良いのだ。次の解散総選挙で民主党を中心とする野党が過半数を1議席でも上回れば、<b>ガソリン税の暫定税率を廃止することは確実にできる</b>のである。だから次の総選挙のスローガンは「ガソリン値下げ!」でなければならない。野党はこのスローガンを捨てるのだろうか。次の総選挙までどんなに長くてもあと1年である。アメリカ大統領選のあの執拗さを私たちも見習わなければならないといったのは、こういうことなのである。</p><p class="idt">もちろん私はそういう執拗さをもっているが、野党は一体どうするのだろうか。「道路特定財源の一般財源化を勝ち取った」などといっている野党幹部もいるという。そうすると「道路特定財源の暫定税率廃止」というスローガンを打ち立てられないのではないか。そうすると「ガソリン値下げ選挙」にはならなくなる。そんなことで国民は納得するだろうか。私にはそう思えないのだが･･･。諸物価は高騰している。しかし、原材料費が高騰したためにどうしようもない値上げがほとんどだ。<b>ガソリンの再値上げは、政治が行ったのである</b>。ということは、政治的力で値下げできるのである。国民はそのことを望んでいる。</p><p class="idt">さあ、野党はどうするのか。道路特定財源の一般化の是非を改めて問い直さなければならない。いまのところ自民党も全野党も道路特定財源の一般財源化に賛成といっている。道路特定財源の一般財源化は、国民にとって悪い間違った政策だと私は考えている。このことは税を少し勉強したものならばごく当たり前のことなのだ。今後はこのことがテーマとなろう。全野党が賛成であろうが、<b>間違っていることは間違なので</b>ある。私は少しも臆しない。来年からスタートする“裁判員制度”も全党の賛成で成立した。裁判員制度については実施する前から既に多くの危惧がいわれている。全員一致というのは、とかく無責任に通じることに成りかねないのだ。</p><blockquote><p style="line-height:160%;"><span class="lrg">我言即是万人声</span></p><p class="idtbqt">我言即是万人声（我が言は、即ちこれ万人の声）<br />
　 褒貶毀誉委世評( 褒貶毀誉は、世評に委ぬ）<br />
　 請看百年青史上（請う看よ百年青史の上）<br />
　 正邪曲直自分明（正邪曲直、自ずから分明）<br />
<br />
(訳）私の言っていることは、みんなが言っていることだ。<br />
誉めたりけなしたりは、世間に任せる。<br />
100年経って、歴史の上で見てくれ。<br />
何が正しくて、何が間違っていたか。何が曲がって、何がまっすぐだったか。自然とわかるだろう。</p></blockquote><p class="idt"><p class="idt">戦前の帝国議会で“粛軍演説”をしたために議会を除名された<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%8E%E8%97%A4%E9%9A%86%E5%A4%AB">斉藤隆夫</a>衆議院議員がその際に詠んだ漢詩である。私には斉藤代議士ほどの詩才がないので格好良いことをいえない。せめて<b>永田町徒然草を淡々と書き連れるしか能がない</b>。今後ともご愛読を希(こいねが)う。日本という国を“変な国”にしないために!</p><p class="idt">それでは、また。</p>]]></description>
 <category>1.徒然</category>
<comments>http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=609</comments>
 <pubDate>Thu, 8 May 2008 00:05:00 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[戦友の死]]></title>
 <link>http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=608</link>
<description><![CDATA[<div style="text-align: right"><p class="no">No.799</p></div><p class="idt">昨日は時間がなかったので、「とりあえず」と題してとりあえずupdateした。「今日は休みます」と題してupdateしておいた方が良かったのかもしれない。しかし、書くことがなかったのではない。否、心が張り裂けるほどの気持ちだった。後でその想いを書いてupdateするつもりだったので「とりあえず」と題しておいたのだ。</p><p class="idt">「非常に悲しい知らせが飛び込んできた」と書いたために心配してアクセスする方を作ってしまった。だからできるだけ急いで「非常に悲しい知らせ」についてupdateすべきであった。それができなかった理由は「非常に悲しい出来事」に対応するのに時間を要したのと、ゴールデンウィーク最後の日だったので上越から東京に帰ってくるのが大変だったからである。3時間半立ちっ放しで、家に着いたときはクタクタだった。バタンキューであった。</p><p class="idt">先ほど目覚めたところだ。「非常に悲しい知らせ」についてまずお知らせする。私の街宣車の「ウグイス」をいつもやってくれていた古川弘子さんが急死されたのである。53歳という若さであった。いろいろな人との悲しい別れがあったが、あまりにも急な身近な人との別れであった。古川弘子さんがクモ膜下出血で亡くなったとの訃報に接したのは、5月4日午後4時ころであった。ちょうど<a href="http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=606">「“木の芽”と“熊汁”パーティ」</a>の材料の調達に飛び回っているときだった。葬儀は5月6日午前10時との知らせであった。</p><p class="idt">十日町市で予定したいたこともあったし、やりたかったこともあったのだが、私は古川さんの葬儀に参列し、最後のお別れをすることにした。私はもう選挙にでることはないと思うが、これまでの12回の選挙でいつも選挙カーで私のために戦ってくれた古川さんは、私の戦友なのである。戦友に最後の別れをしなければならないし、亡骸に接し最後の感謝を申し上げなければならない。私は5月5日夜に上越市に入り、昨5月6日朝、古川さんの葬儀が挙行された妙高市(旧新井市)に向かった。そのとき時間がなくなってしまったので、「とりあえず」をupdateしておいたのだ。</p><p class="idt">5月5日夜はおもに街宣活動に携わり、従って古川さんをよく知っている同志と共に古川さんを偲びながら会食した。最初のころの衆議院選挙の選挙期間は20日であった。それは体力と声力(精力ではない)の限界を超えるものだった。白川の街宣活動は特別だった。私は街宣活動を特に重視した。俗に「ウグイス」と呼ばれる古川さんは、戦場で必死に戦う私の“心”を有権者に伝えてくれたのである。私と一心一体にならなければ、その役目は果たせない。</p><p class="idt">古川さんは滅多に声が嗄(か)れない女(ひと)であったが、それでも一人で1日中はマイクを握っている訳にはいかない。私の選挙カーにはいつも4～5人の「ウグイス」が乗っていたが、彼女らに心の篭った街宣を指導するのも古川さんの仕事であった。あの街宣車の中で、小声で丁寧に話すことなどできない。だから白川の街宣車に初めて乗った女は怒鳴られたように思うのである。涙を流した「ウグイス」も何人もいた。目と目、ちょっとした仕草で私の想いを古川さんに伝えことができるようになるには時間がかかった。3回目の選挙のころからそれが完全にできるようになった。それを古川さんがウグイスに噛んで砕いて教えてくれるのである。</p><p class="idt">私の最後の3回の選挙は、最初から厳しい選挙だった。しかし、私の意気は軒昂だった。古川さんもそのことは当然分かっていた筈だが、意気軒昂に街宣をして下さった。どの選挙でも白川の選挙カーは、他陣営を圧倒していた。そのことには自信があった。それは私と古川さんの気概だった。選挙カーは候補者の心意気を表すものだと私は思っている。だから選挙カーの現場は白兵戦であり、修羅場となる。古川さんはその修羅場において私のいちばん頼もしい戦友だった。古川さんは私の幹部であった同志の選挙(上越市議会議員選挙)の選挙カーに乗った。その最中の2008年4月21日街宣活動を終えた後、クモ膜下出血で倒れ人事不省となり、5月4日逝去された。享年53歳。ご冥福を心からお祈り申し上げる。</p><p class="idt">それでは、また。</p>]]></description>
 <category>1.徒然</category>
<comments>http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=608</comments>
 <pubDate>Wed, 7 May 2008 02:36:35 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[とりあえず]]></title>
 <link>http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=607</link>
<description><![CDATA[<div style="text-align: right"><p class="no">No. 798</p></div><p class="idt">ご案内のように思い切り羽をのばしているところに、非常に悲しい知らせが飛び込んできた。私は連休の予定をすべてキャンセルして、新潟県上越市に来た。これからその件で出かけなければならない。追って仔細は書きます。･････</p>]]></description>
 <category>分類外</category>
<comments>http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=607</comments>
 <pubDate>Tue, 6 May 2008 08:21:50 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[“木の芽”と“熊汁”]]></title>
 <link>http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=606</link>
<description><![CDATA[<div style="text-align: right"><p class="no">No.797</p></div><p class="idt">昨日予定通り十日町市に来た。列車の方は心配していなかったが、驚くなかれガラガラだった。というより私が乗った号車の乗客は私一人であった。これには私も驚いた。臨時列車のせいもあったが、上越新幹線で何百回となく往復してきたがこんなことは初めての経験だ。たった1日の違いだが、雲泥の差だ。世の中なかなか上手くいかないものである。</p><p class="idt">私が十日町市に着いたのは午後3時過ぎであった。当初予定していた山菜パーティーが1日早まってしまったので、会場決めや山菜の調達などは新幹線の中から電話で打ち合わせをした。十日町市に着いてから大車輪の活躍であった。山菜の王者“木の芽”は、友人が山から採ってくれていた。しかし、いくら“木の芽”が山菜の王者だからといっても、それだけではやはり寂しい。ワラビはまだ採れないようである。ゼンマイは盛りだが、これは生で食べる山菜ではない。ウドは盛りらしい。そうなるとどうしてもウドが欲しくなる。</p><p class="idt">十日町市のちょっと在の方に嫁いだ姉に、ウドの手配は新幹線の中から頼んでおいた。なんとか手配できたとのこと。姉の亭主の見舞いに暫く行っていなかったので、病気見舞いを兼ねて甥っ子と出かけた。姉と会ったのは久々だったので、いろいろな話をした。4番目の姉であるが、もう82歳になったという。私よりも19歳も年上である。姉の嫁いだ近くにニワトリの有精卵を売っている養鶏所があることを思い出した。“木の芽”食べるとき、溶(と)いた生卵と一緒に食べると美味しい。</p><p class="idt">洒落た高級な食べ方は、ウズラの卵をかけていただく。しかし、溶いたニワトリの卵でいただくのが一般的だし、美味しい。そう、スキヤキを食べるときの要領である。いちど有精卵を溶いたもので“木の芽”いただいたことがあった。それを思い出したのだ。狭い地域なのでその養鶏所はすぐに判った。運良く卵はあった。2ダース買い求めた。2ダースで900円だった。スーパーで売っている物よりも高いが、価値は十分すぎるほどあった。有精卵を溶いたものでいただいた“木の芽”は格別に美味しかった。</p><p class="idt">本日の山菜パーティのメインデッシュは、前から“熊汁”と決まっていた。狩猟の資格をもっている友人が、5月の連休に帰ったときに食べさせくれると約束していたのだ。有害駆除として今年の冬に獲ったのだ。私はこれまでに何度か熊の肉を食べたことがあるのだが、そんなに美味しかったという記憶がない。気のおけない友人なので率直にそのことをいったのだが、それは料理の仕方だというのである。煮かたが難しいのだそうだ。</p><p class="idt">5時半過ぎ友人から「“熊汁”が出来上がったぞ」という連絡が入った。“熊汁”と友人を乗せて会場を頼んだ従兄弟の家に向かった。“木の芽”は茹でてあったし、山菜のてんぷらも出来上がっていた。あとはいただくだけである。東京を出かけるとき小雨が降っていたが、関東も十日町地域も凄くいい天気であった。30度近くあった。夏という天候であった。まずはビールだ。とても美味しかった。</p><p class="idt">下戸の私は、ビール1杯で十分なのである。あとはひたすら山菜とそのてんぷらをいただいた。私は“木の芽”を腹一杯いただいた。山菜のてんぷらも、美味しかった。そして、“熊汁”がまた、美味しかった。肉は程好く煮込まれており、脂身は濃厚だが脂っぽくない。さすがマタギ仕込みの料理は旨かった。狩猟をする人は、仕留めた獲物を大切にするのだ。天の恵みとしてひとつも無駄にしないのである。マタギ料理もそのひとつだという。食べかつ呑み、そして夜遅くまで語り合った。こうして私の連休の第１目は過ぎた。</p><p class="idt">それでは、また。</p>]]></description>
 <category>1.徒然</category>
<comments>http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=606</comments>
 <pubDate>Mon, 5 May 2008 09:25:39 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[受信料支払拒否が急増するぞ!!]]></title>
 <link>http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=605</link>
<description><![CDATA[<div style="text-align: right"><p class="no">No.796</p></div><p class="idt">今年のゴールデン・ウィークの後半は、多くの人々が休みをとるようである。前半は、道路特定財源の暫定税率問題で私はとても休んでいる訳にはいかなかった。私も昨日から休みを取ることにした。郷里の十日町市に行くつもりだった。しかし、列車が非常に混んでいるようなので<b>1日延ばして今日出発</b>することにした。</p><p class="idt">今回の十日町行きの最大の楽しみは、山菜である。雪国の山菜は、本当に美味しい。これには理由がある。雪国の山々は春になっても深い雪に覆われている。雪が消えて山菜が芽を吹くころ、日差しはもう相当強くなっている。強い日差しをいっぱいに浴びて、雪国の山菜は一挙に成長する。だから雪国の山菜はアクが少ない、柔らかく美味しいのだ。その典型が“<b>木の芽</b>”と呼ばれる「<b>アケビの新芽</b>」である。</p><p class="idt">アケビは全国的に広く自生しているが、ほとんどの地域で食されてはいないようである。ところが十日町地域では、アケビの新芽を“木の芽”と呼んで珍重している。この“木の芽”は、十日町地域では山菜の王者である。むかし長野に旅行したとき、<b>“タラの芽”を山菜の王者といっていた</b>。私は初めて山菜の王者“タラの芽”をありがたくいただいた。</p><p class="idt">確かに美味しかったが、“タラの芽”をよくみるとどうも見覚えがあったのである。私が育った十日町地域では“棘の木”と呼ばれる木の若芽のような気がしてならないのである。宿の主人にタラの木について詳しく訊くと、間違いなく“棘の木”のようである。最近では十日町地域でも山菜として“タラの芽”を食べる。<b>タラの木は、やはり“棘の木”</b>だったのだ。</p><p class="idt">“山菜の王者”というのは、どうも地域によって違うようである。それで良いのだと思う。しかし、単なる好みではなく根拠もあるようである。また山菜が好んで食されるのは、理由があるようである。山菜には<b>冬の間に体内に溜まった毒素を排出する力</b>があるといわれている。そうだ。むかし冬には新鮮な野菜をほとんど食べれなかった。雪国では2～4月になると緑の野菜はほとんどなかった。田んぼや里山の雪の割れ目から芽をふく“フキノトウ”は、新年になって初めて食する<b>自然の恵み</b>であった。</p><p class="idt">話はガラッと変わるが、いまNHKの『日曜討論』で後期高齢者医療制度を各党の専門家が出演して討論している。<a href="http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=595">先週やった中国問題</a>は、今日やっても良かった証拠である。胡錦濤国家主席が来日するのは、5月6日である。むしろ今日の方が良かった筈である。どう考えても道路特定財源の暫定税率や再可決の問題をクローズアップさせないためという意図が感じられる。もっといえば4月30日の再可決の本会議をNHKは中継しても良かったのだと思う。(<b>白川注</b>：現にテレビ朝日の『サンデープロジェクト』では中国問題をやっている)。</p><p class="idt">ガソリン税の帰趨は、あれだけ国民が関心をもっていた問題だったのである。“みなし否決”を議決し租税特別措置法改正案を再可決したのは、50数年ぶりの出来事だった。この再可決が行われる衆議院本会議をライブ中継するために番組の変更しても国民＝視聴者からクレームは付かなかったと思う。仮に付いても公共放送としての使命だった筈だ。再可決の後の福田首相の緊急記者会見はライブ中継をした。これでは<b>国営放送といわれても仕方がない</b>。</p><p class="idt">NHKや福田首相はよく“国民の声”を聴くというが、目線がどうもおかしいようである。“国民の声”を無視し、国民の神経を逆撫でして、再可決してガソリン税を復活した福田内閣の支持率はさらに落ちた。毎日新聞では「４月の前回調査比６ポイントダウンの１８％」となったという。NHKもこんな馬鹿なことをやっていると、受信料支払拒否が急増するぞ!!　“皆さまのNHK”すなわち<b>“私たちのNHK”の猛省</b>を強く促す。</p><p class="idt">それでは、また。</p>]]></description>
 <category>8.マスコミ論</category>
<comments>http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=605</comments>
 <pubDate>Sun, 4 May 2008 10:36:07 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[“権利のための闘争”の章典]]></title>
 <link>http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=604</link>
<description><![CDATA[<div style="text-align: right"><p class="no">No.795</p></div><p class="idt">、日本国憲法が1947年5月3日施行されて61年が経過した。今日は“憲法記念日”である。今日も例年のように改憲派と護憲派の集会が開かれるのであろう。そのような集会に出席する予定はない。もちろん改憲派の集会に出席するつもりはないが、これまで護憲派が主催する憲法記念日の集会に参加したこともない。私にとって<b>憲法は日々の戦いの章典であり、武器</b>なのである。</p><p class="idt"><blockquote><p style="line-height:160%;"><span class="lrg">“権利のための闘争”としての憲法解釈</span></p><p class="idtbqt">法律家は、世間では屁理屈をいうことを事とする人物と思われているようである。法律家は、屁理屈を楽しんでいるのではない。ある価値や利益を守るために、戦いとして法律論を組み立てるのである。憲法の解釈などは特にそうである。憲法の解釈をする場合、その根底には政治的価値や政治的理想がある。その価値や理想を実現するために、“権利のための闘争”として憲法解釈が行われるのである。<b>この基本をまず押さえておいて欲しい</b>。<br />
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今回の租税特別措置法改正案の再可決をめぐる実体的問題とは、何であろうか。まず道路特定財源の暫定税率が高すぎることである。国民は道路が必要でないなどと少しも思っていない。しかし、道路もそれなりに整備されてきた。欲をいえばキリはないが、自動車を所有し走行するためには費用が嵩(かさ)む。その自動車関係諸税は明らかに高すぎる。暫定税率でほとんどの自動車関係諸税が倍以上になっている。もう<b>本則税率の範囲内で道路整備をして欲しい</b>と多くの国民は考えているのである。その按配具合・バランスを問題にしているのである。私はきわめて健全なバランス感覚だと思う。<br />
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この健全なバランス感覚から国民の60％以上が道路特定財源の暫定税率を今後さらに10年間も維持することに反対しているのである。いっぽう本則税率の3兆数千億円では除雪や補修工事しかできないと自公“合体”政権や知事や市町村長はいっているのである。だが、それは<b>真っ赤な嘘</b>である。3兆数千億円の道路特定財源があれば、必要な道路の整備は十分できる。もしそれでできないというのなら、一般財源を道路予算に回せば良いだけのことだ。その場合に文教や福祉の予算を削ってまで作らなければならない道路なのかという国民の真剣な議論が行われることになる。<br />
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地方財政に“穴があく”と福田首相も知事たちもいっているが、自公“合体”政権が参議院で過半数を失ったのであるから、道路特定財源の暫定税率が廃止される可能性があることはある程度考えておかなければならなかったのだ。暫定税率で入ってくる税収は、会社でいうならば見込期待額にすぎない。見込んでいた売上金が入ってこなかったからといって手形を決済しなかったら、不渡手形となり倒産である。そんなことをいっている首相や知事は、<b>地方公共団体を経営する能力が欠如</b>しているのである。恥ずべきことなのであるが、<b>逆に居直っているのだから始末に負えない</b>。<br />
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以上がいま争われている実体的問題である。本来ならば福田首相や知事がいくら泣いても叫んでも、国会が租税特別措置法改正案を成立させてくれなければ本則税率の税収で道路の整備は行うしかないのである。国会の意思が暫定税率に反対ならば、それで我慢するしかない。多くの国民はそれで<b>少しも困ったことだとは思っていない</b>。もしそれでいろいろな不都合が生じてきたら、そのときに考えれば良いと考えている。私もそれで良いと思っている。税とサービスの関係を考える癖を、わが国民はもっと身につけた方が良いと考えているからだ。<br />
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それなのに自公“合体”政権は、2年7ヶ月前に行われた郵政選挙で獲得した化け物のような議席を衆議院でもっていることを奇貨として、憲法59条2項および4項で租税特別措置法改正案を再可決して、法律にしようとしているのである。こうした行為が、<b>憲法上問題にならない筈がない</b>。ほとんどの憲法学者はこの実態に目を向けようとしていないのである。このような実体的問題があるのに、憲法59条2項および4項の解釈として何らの疑念がないというのは、最初から問題意識がないからである。</p></blockquote><p class="idt">最近どこかで読んだ文章だと思うであろう。そう、これは<a href="http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=598">永田町徒然草No.790「今回の再可決は、憲法違反」</a>からの引用である。目前の憲法問題について問題意識をもって発言・行動しなければ、憲法は死んでしまう。憲法97条の「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」という精神は、基本的人権だけではなく憲法59条などの制度的規定の解釈に当たっても同じように重視されなければならない。</p><p class="idt">憲法を守ろうという陣営から、今回の再可決について憲法上疑義があるという発言は残念ながら聴けなかった。圧倒的な国民が反対し強い違和感を感じる今回の再可決が憲法に照らして疑義がないことなどあり得ない。法律論がいえないのは、法律論が不得手なのではなく問題意識が欠如しているからである。昭和憲法を“権利のための闘争”の章典と考えれば、法律論が組み立てられない訳がない。野党に求められているのは、<b>国民の立場に立った憲法解釈論を組み立てる能力</b>なのである。</p><p class="idt"><b>自公“合体”政権の問題点</b>に、多くの国民が気付き始めてきた。この点に関する憲法の条文は、いうまでもなく憲法20条である。第20条1項は、「何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」と定める。特に後段の「<b>いかなる宗教団体も、政治上の権力を行使してはならない</b>」をどう解釈するかが問題なのである。この条文に基づき私は10年間も戦ってきた。この条文が危惧する問題点は、自公“合体”体制が幅をきかす中で現実に露呈してきた。憲法に違反するもしくは憲法上の疑義があることは、必ず現実な問題を惹き起こすのである。私の基本的意見は<a href="http://www.liberal-shirakawa.net/current/jp_content/violation.html">「自自公連立内閣は、憲法20条に違反する」</a>で述べてあるのでお読みいただきたい。</p><p class="idt">私のWebサイトには、数千ページがある。その中でいまなお一番多く読まれているページが<a href="http://www.liberal-shirakawa.net/idea/policestate.html">「忍び寄る警察国家の影」</a>である。もう3年半も前に書いた私の体験談である。かなり長い書き物だし、あまり出来の良い読み物でもない。Googleで「職務質問」を検索するといまなお2番目にいつも出てくる。もう3年間もずーっとそうであった。職務質問を受けたという相談は、私のところに沢山くる。しかし、職務質問を事後に法律的に争うことは実務的に難しい。弁護士の仕事として裁判で争われることはきわめて稀である。だから<b>警察当局の解釈が罷り通っている</b>のである。なんとかしないとますます酷(ひど)いことになる。</p><p class="idt">憲法を守ることは大切である。しかし、具体的問題について国民の“権利のための闘争”の章典としてこれを武器として戦わなければ、憲法は無機質な条文の羅列となってしまう。昭和憲法に命を吹き込み内実豊かなものに育てるのは、<b>国民の弛(たゆ)みない“権利のための闘争”である</b>。その戦いを国民と共にて行うのが、法律家であり、憲法学者であり、野党の政治家の任務である。鋭い問題意識と不屈の精神がいま求められている。憲法記念日にあたり私はこのことを強く訴えたい。</p><p class="idt">それでは、また。</p>]]></description>
 <category>5.憲法問題</category>
<comments>http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=604</comments>
 <pubDate>Sat, 3 May 2008 02:23:50 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[非礼をお詫びする。]]></title>
 <link>http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=603</link>
<description><![CDATA[<div style="text-align: right"><p class="no">No.794</p></div><p class="idt">昨夜遅く帰宅したときは、本当に心身共にクタクタであった。そのとき書いた<a href="http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=601">永田町徒然草No.792「とりあえずの一筆啓上」</a>で“徒労感”という言葉を使った。私の率直な想いを表現した言葉であった。私としてできることは精一杯やった。だからそれなりの達成感はあった。しかし、結果があの通りであったのだから、勝利感などある筈がない。だが私には挫折感もなかった。そのいいようのない気持ちを“徒労感”と表現したのだが･･･。</p><p class="idt">国会に議席をもつ政治家の気持ちはどうなのだろうか。特に野党の国会議員の感慨はどうだったのだろうか。頭数がものをいう国会であるから、結果は判っていた筈である。そのことを責める国民はいないであろう。だが国民の気持ちを戴して精いっぱい頑張って欲しかったと国民は期待していた。野党の議員はその期待に応えたと思っているのだろうか。達成感はあったのだろうか。本会議を阻止するために議長室の出口で頑張ったのはいいが、別の出口から逃げられてしまったというのでは話にもならない。</p><p class="idt">議長室の出口で頑張ったある民主党議員に聴いたのだが、本会議を阻止できなかったら本会議に出席して最大限の抵抗をするものとばかり思っていたという。ところが民主党国対委員長から出された方針は欠席戦術だった。なぜそういうことになったのかは分からないという。“白川先生。欠席戦術というのはどうなんでしょうか”と訊かれた。戦いの戦術に絶対などというものはない。どういう局面においてどのような作戦が有効かどうかで、“正しい戦術”かどうか、はじめて判断できる。</p><p class="idt">4月30日の野党の目的はいったい何だったのか。再可決を阻止できればいちばん良いであろう。それは無理としてもたとえ1億円でも1日でも暫定税率の復活を遅らせることを国民は期待していた。それができなかったとしても、野党が暫定税率に強く反対していることを自公“合体”政権や世論に強く示すことであった。だから私は“即日公布・施行”や“4月30日は本当に61日目なのか”という細かいことまで訴えたのである。</p><p class="idt">こんなことを部外の人間にいわれることは、政権交代を口にする政党としては恥かしい筈である。この間、“対外連絡”は全くなかった。国会で主張することもなかった。私が“徒労感”を感じたのは、そうだったからなのであろう。屁理屈と笑われようが、“牛歩”と嘲笑されようが、4月30日の本会議は1時間でも延ばすことに意味があったのだ。もし再可決が午後8時を過ぎれば、5月1日の午前0時から暫定税率が復活することは阻止できた筈である。私はいまでも政令で5月1日午前0時から施行すると決めても、手続上重大な問題があると思っている。しかし、それは野党が追及すべきことである。それは国から給料を貰っている政治家の仕事でしょうといいたい。</p><p class="idt">しかし、“徒労感”などという表現を使ったのは永田町徒然草の読者に対して失礼な言葉であった。非礼であったと反省している。5月1日午前1時00分から5月2日午前1時00分までの24時間でホームページのアクセスカウンターは、6724ヒットも増えた。だからこの間に約6万もの方々がアクセスして下さったのである。ファイルを取り出して2007年7月30日のアクセス数を調べたら1430ヒットであった。いうまでもなく7月30日は参議院選挙の投票日の翌日である。野党の大勝利に国民が沸きたっていたときである。</p><p class="idt">読者の中には挫折感や敗北感を感じた方もいると思う。それなのに“徒労感”などという不用意な言葉を使ったことを私は恥じかつ反省している。虚勢を張る必要もないが、適切なことを書かなければならなかった。それが長い間七面倒臭い暫定税率の議論にお付合い下さった読者に対する私の責務であった。</p><p class="idt">4月30日私が国会で目にしたことは、正直いって楽観できる状況ではなかった。しかし、悲観する必要もない。昨年の参議院選挙に勝利した成果はあと2年間強シッカリと活きているのである。いっぽう自公“合体”体制の3分の2の強力(ごうりき)など、あと1年ちょっとの命しかないのだ。ビビっているのは、自公“合体”体制の方なのだ。再可決に賛成票を投じた自公“合体”政権の与党議員の顔を本会議場でこの目でみた私には、彼らに使命感や自負心などを感じることは全くできなかった。</p><p class="idt">それでは、また。</p>]]></description>
 <category>1.徒然</category>
<comments>http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=603</comments>
 <pubDate>Fri, 2 May 2008 01:04:28 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[勝者と敗者は･･･!?]]></title>
 <link>http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=602</link>
<description><![CDATA[<div style="text-align: right"><p class="no">No.793</p></div><p class="idt">道路特定財源の暫定税率をめぐる今回の戦いは、昨日とりあえずひとつの結果が出た。この戦いに勝ったのは誰で、負けたのは誰なのであろうか。実に単純な問題だが、この答えは意外に難しい。今回の戦いで何を実現しようと考えていたかによって、<b>勝敗の評価は分かれる･････</b>。</p><p class="idt">私は道路特定財源の暫定税率を廃止させることが今回の目標だったと考えた者である。4月1日から4月30日までの1ヶ月間は、見事に廃止させた。この点では勝った。しかし、5月1日から2018年3月30までの9年11ヶ月間も復活させたしまったのであるから、完全に負けと言われても仕方がない。1ヶ月÷(12ヶ月×10年)＝0.008333すなわち0.833％の勝利にすぎない。<b>1％にも満たない勝利</b>なのであるから、どう<b>贔屓目にみても勝ちとはいえない</b>であろう。このことは“とりあえず”率直に認めた方がよいと思う。</p><p class="idt">道路特定財源を一般財源化することが今回の目標だと考えた者にとっては、2009年4月1日から一般財源化することを認めさせたのであるから、9年÷10年＝0.9すなわち90％の勝利であった。<b>目標の90％を達成</b>したのだから<b>、“とりあえず”勝った</b>といえる。国土交通省・自民党道路族にとっては、大敗北である。自公“合体”政権は当初そのように考えたのであるから、福田首相および自公“合体”体制にとっては大敗北である。</p><p class="idt">私はどちらにも<b>“とりあえず”という条件を付けた</b>。前者についていえば、今後10年間確実に暫定税率が続くという保証は必ずしもない。後者についていえば、道路特定財源が一般財源化されても、実態がこれまでと殆ど変わらないことは十分に予想される。道路族と自民党および公明党の他の議員の間にはこの密約があると考えることは、そんなに突拍子な憶測ではないであろう。国土交通省の官僚も財務省の官僚も、所詮は官僚同士であり同じ穴の狢(むじな)と考えた方がいいと私は思っている。</p><p class="idt">私は道路特定財源の一般財源化をまったく評価しない。<b>むしろ間違いだと考えている</b>。だから昨日の結果は大敗北と考える。しかし、今回の戦いにより国民の意識が変わり、今回の再可決で成立した法律を国民の協力を得て廃止させるができるようになったと考えれば、今回は敗れたが最終的な勝者になることは十分可能である。政治は生々流転である。国民の意思によって変わるのである。それが政治である。このように政治の勝敗は、一義的にはいえない。このように考えて、<b>気持ちを新たに前に進むしかない</b>。</p><p class="idt">それでは、また。</p>]]></description>
 <category>2.国内政治</category>
<comments>http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=602</comments>
 <pubDate>Thu, 1 May 2008 07:02:32 +0900</pubDate>
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